沈む青春

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麻布から出てきて、この呉で俺は30年近く海を眺めている。 海軍軍人として名を馳せてやろうと抱いた闘争心や野望がこの軍港に深く染みている。 だがもう俺の青春は何一つ浮かんじゃいない。 誇りある通信長として艦橋に乗り込んだ我が戦艦比叡も、山城も 鉄の墓標と化し浮かんじゃいない。 3月から7月にかけて米軍が我が軍港へ執拗に空襲に来ては、本土決戦のために温存していた艦艇を次々と沈めやがった。 今、俺の目の前では大破着底した空母や戦艦が無様な姿を晒している。魚の水を得たるが如し我と大海軍は、乗り込む艦が無ければこのような醜態を晒すこともできるのだ。 少将まで昇進したのに、名声を轟かせることもできない。街行く人々へ面を上げる気にもなれず、一丁前にあつらえてある制服が勿体無く思える。 今は呉海軍工廠の総務部長であるが、敵が攻めてくるのを待つも同然である。 だが敗色が濃くても我々の工廠では、とある新型潜水艦を建造している。 なんでも潜水空母と呼ばれ、あのドイツにさえできなかった代物らしい。 航空機を格納し潜水できるというのだからこりゃすごい。 兵学校を卒業したての頃の、潜水艦乗りとして辛酸を舐めた思い出がこの噂への興味を そそり立たせるが、もう我々には一滴も作戦行動に使えるような油は残っちゃいない。 虎の子の大和も沖縄に辿り着く前に沈んだ。同型艦の武蔵も沈んだ。 武蔵の艦長は兵学校の同期だった。戦争で友人が何人も去っていった。 同じ苦しみを味わい将来を語りあった、俺の友人が何も言わずに去っていった。 俺の青春も海に沈みたがっている気がする。
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