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「落語家さんかな」
「かもしれないな。いつも生菓子をたくさん買ってくれるからありがたいよ」
ふと扉の近くに目をやると床に何か落ちているのが見えた。
「あ……ハンカチかな。俺、届けてくる。兄ちゃん、またな」
「ああ。これ持っていけ。おまえも仕事頑張れよ」
「ありがと」
惣太は兄からお土産の紙袋を受け取ると、急いでハンカチを拾い、男の背中を追い掛けた。
店を出て商店街の小道を走ろうとすると、男が待ち構えていたかのように足を止めた。ゆっくりとこちらを振り返る。
――あれ?
その瞬間、前にどこかで会ったような気がした。
眉と目に見覚えがある。
理由は分からないが胸が微かに騒いだ。
「あの……ハンカチ、落とされましたよ」
惣太が近づいて差し出すと男は笑顔でそれを受け取った。
「霽月堂さんのご子息か。店主の彼とよく似ているな」
「……あ、はい。いつもご贔屓にして頂いて、ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだ」
「え?」
「ハンカチだよ」
男はハンカチを軽く指差すと微笑んで袂に入れた。
「うん。可愛いな……」
「え?」
「いや、拾ってくれてありがとう。感謝するよ」
男はもう一度、微笑むと、ゆっくりと踵を返して商店街の奥へ消えた。
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