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「ん?何て言いました?」 「倉橋さんから聞いたんです。生意気な小説家の娘がいて、口喧嘩では連敗で悔しいと」 「アハハ」 私があれほど両親に「橋渡 密」との関係を口外しないでと頼んだのに、父は宣伝して回っていたのか… 「あ、待って。どうしようかな、ここの分かれ道から入れば近道だけど、明るいときに教えますね。この道街灯がないのでずっと真っ暗だから」 「はい、わかりやすい道の方が良いです。外国で迷子になるほど怖いことはないですから」 「そうですね、怖いですよね」 「なったことがあるんですか?」 「あります。一年イギリスにワーキングホリデーであちこち行きました。その頃に。酔っ払った友達に忘れられてしまっておいていかれたんです、繁華街に。日本の治安のよさがよくわかりました」 「確かに」 ヨギさんは二回ゆっくり頷いた。何て爺臭い仕草だろう… 「財布を落としても、中味がそのまま戻ってくるのは凄いです」 「落としたんですか?」 「いえ、友人が」 私はヨギさんの腕を引っ張ってわかりやすい目印のたくさんある道へ連れて行った。 あー、いい匂いだなあ。 私は重症かもしれない。 袖口や襟元から漏れてくるヨギさんの匂いを鼻を寄せて思いきり吸い込みたくなった。恥ずかしいので、少し離れた。 「ここをまっすぐ歩いて……ほら、郵便局の看板が見えますか?あの看板の向こうにコンビニがあります」 「あれは郵便局なんですか。あ、本当だ。ファ◯リーマート?」 「韓国にもありますか?」 「はい、ありますね。お!」 急に細い路地から自転車に乗った人が飛び出してきて、ヨギさんはハングルで毒づきながら私を庇って引き寄せた。 いい匂いが一層強くなる。私は庇われたまま、バレないようにこっそり大きく深呼吸した。とてつもなく幸せな気分になった。 あー、いい匂い。ずっとヨギさんとこのくらいくっついていたい。 一生くっついていたいと、切実に思った。
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