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8 恐怖の影
早く目が覚めちゃった……。
二度寝する気にはなれないし、礼拝堂の掃除を早目に始めれば、教会に祈りにみえる朝の早いご高齢の信徒の方の祈りの邪魔をしなくて済むよね。
私は起き出して身支度を整える。
朝食にはまだ時間も早いことだしと、ルンルン気分で礼拝堂の掃除を始めた。
はたきをかけて、祭壇や信徒席の机や椅子を雑巾で拭き、床は箒で掃く。
朝日が教会のステンドグラスから差し込んで、キラキラと綺麗な光を床に投影した。
神秘的なその光景に、私は聖歌を口ずさむ。
手を清めてから、聖油は全然継ぎ足してないことに思い至った。
観音開きの棚を開けて、聖水が並べて置いてある棚の下を見ると、聖油が壷に入れられて保管されている。
蓋を開けると、中身は空っぽ。
キッチンにあるオリーブオイルを持ってくると、聖歌を口ずさみながら壷の中になみなみと注ぐ。
これであとは、ポラード神父様に祝別を与えてもらうだけ。
聖油壷に蓋をし、キッチンから持ってきたオリーブオイルにも蓋をしようとすると、ふと、窓に犬の頭のような影が映る。
それに気を取られて、オリーブオイルの入った入れ物を倒した。
床に広がるオリーブオイル!
そんな物より目の前の影!
あの影は、狼!
人間ではない!
魔物が、教会の外にいる!
一気に激しく震え出す体を必死に動かして、祭壇の下へと身を隠し、頭を抱えて丸くなる。
歯がぶつかり合い、カチカチと乾いた響きが、静寂な狭く暗い空間を埋めていく。
身体全体が酷く震え出し、止めることが出来ない。
どのくらい時間が経ったのか、丸まっていると足音が聞こえた。
凪さんではない、もっと重たい足音。
それが段々と近づいてくる。
―― どうしよう、さっきの魔物だったら……!!!
「オリーブオイル?」
傍で、ポラード神父様の声がした。
「し……んぷ様」
カラカラに乾いた喉から声を振り絞って出すと、床に落ちる影が濃く大きくなって、祭壇の下を覗き込む形で顔を見せたポラード神父様と目が合う。
「なみか、そんなところで何を?」
「外……に」
「外?」
上体を起こして窓の外に目をやっていると思われるポラード神父様のズボンを掴む。
ここで置いて行かれたら、精神が持たない。
「とりあえずキッチンへ。高杜さんを起こして来ますから」
差し伸べられた手を取って、私は震えを抑え、足に力を込めて立ち上がった。
キッチンへ入ると、温かいハニーミルクを作ってくれたポラード神父様は、高杜さんを起こしてくるからと言って出て行く。
いつもこの時間は眠っているポラード神父様が何故起きてきたのかは分からないけれど、今日は救われた。
ほんのり甘くて温かいハニーミルクが、私の心を少しずつ落ち着かせてくれる。
ホッとして机にマグカップを置いた時、窓の外にまた、あの怖い影が見えた。
恐怖から声も出ず、震えがぶり返す。
逃げようとして立ち上がった足には力が入らず、もつれてその場にへたり込んだ。
ポラード神父様は凪さんを呼んでくると言っていたから、じきに戻って来るはず。
―― 怖い。怖い怖い怖い! お願い、早く戻ってきて……!!
カチカチと歯が再び鳴りだし、自分の身体を抱きしめて蹲る。
アレは人を喰う魔物。
お願い、早くどこかへ行って!
もう、二度と現れないで!
身を縮こませると、私は二人が駆けつけてくれるのを待った。
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