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9 実力行使と狼男
下僕、どうしちゃったのかしら。
いつもなら進みもしない草取りが、昨日は珍しく半分くらい終わっていた。
しかも雑草の花を花瓶に入れて、私の部屋に持ってくる珍事まで起きた。
もしかして、口説いているつもりなのかしら……?
恋愛御法度だった神父に、「口説いてみたら?」は難題だったのかもしれない。最初に出て来た言葉も、オシャレしていない方が綺麗だなんて、致命的な言葉だったし。
思い出したら可笑しくて、くすりと笑いながらベッドの中で微睡む。
なみかはそろそろ起きる頃かしら?
そんなことを考えていたら、部屋の外に微かな気配を感じた。
部屋の前に、誰かいる?
戸が、音も無く開く。
まさか教団……?
気配を消した侵入者に、ベッドの中で身構える。
私の傍に立ち止まり、手が伸ばされる気配がした。
瞬時に体を起こして、その腕を掴む。
「高杜さん。どうされました?」
下僕が、驚いた顔をしていた。
少しだけ跳ねた心臓が、ホッとしたように凪いでいく。
「……夜這い?」
「今、朝ですが……?」
「私達にとっての朝は、夕方なんだけど?」
「ああそうか。なら、襲うなら今ですね」
何故そうなるの!?
そんな言葉をてらいもなく口にした下僕は、私の両肩に手をかけて、ベッドに押し倒そうと力を込めた。
「……高杜さん。着飾っているものを全て脱いで、身も心も全て、俺のモノになって下さい」
全て、下僕のものに……?
蝙蝠達が一斉に飛び立って、下僕の頭を羽で激しく叩く。
「痛いっ! こら、お前らっ!」
心をときめかせている場合じゃないわ。実力行使をしようとするお馬鹿な下僕に、天誅を下さなくては!
私はベッドに手をついて体の軸を安定させ、右足を振り上げて顔面に痛烈な蹴りを叩き込む。
下僕は後ろに吹き飛び、本棚に激突して、入っていた本が雪崩のように落ちた。
「神父の風上にもおけないわね!」
急に既成事実を作ろうとするなんて、一体……?
私は疑問に思いながら、ベッドを降りる。
もしかして、ヴァンパイアの本能が目覚めつつある……?
「口説けと言ったのは貴女でしょう」
訳じゃないのね。
「それは口説くって言わないわ!! 何を考えてるのよ!全く!」
まさかと思うけど、既成事実を作るのも口説く範疇だと思っているんじゃないでしょうね?
下僕は体の上に落ちて来た本をどかして立ち上がると、私に目を向けて用件を伝えてきた。
「高杜さん。なみかが怯えて丸まっているので、来て欲しいんですが」
「なみかも襲おうとしたの?」
「人聞きの悪い。礼拝堂の扉の鍵を閉め忘れた気がして見に行ったら、祭壇の下で丸くなっていたんですよ。外に何か見たようなので、見回ってきますから」
「晴れているようだし、この時間に外に出たら灰になるわよ。ヴァンパイアだってこと、忘れたの?」
指摘をしながら、椅子に掛けてある上着を一枚羽織る。ついでに、テーブルの上を指で示した。
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