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悪い魔法に掛けられたように、身体が硬直して動かなくなる。
こんなに良い奴に、彼女がいないわけがないことを、どうして気付かなかったのだろう。
テレビの中では、制服を着た咲久がソロ曲を歌っている。
春は出会いの季節――。
こんなふうに、心が揺り動かされてしまう出会いなど、したくなかった。
まだ濡れている髪が、急に冷たく感じた。
聞き慣れたアラームの音で目を覚ます。重たい瞼を薄く開けつつ、枕元のスマホに手を伸ばす。
時刻は7時。スケジュール帳の通知には16時からB放送局と表示されている。
なんでこんな早い時間にアラームが鳴ってるんだ。
……あ、昨日のアラームを解除するのを忘れていたのか。もう少し寝よう、と仰向けから横向きに寝返りを打ち再び瞼を閉じたところで、後ろから伸びてきた腕に緩やかに身体を拘束される。
「は……?」
んん、というくぐもった寝声が聞こえて肩に額が擦り付けられる。ナカノの声だ。
そこでようやく昨夜の記憶が遡る。そうだ。鍵をなくてしてナカノの家に上がって、ナカノが電話中にいつの間にかソファーで寝落ちしてて――。
あれ、いつベッドに来たんだっけか。
いやいやそれより何で、抱き締められてるんだ。寝惚けてんのか?
下手に動いたら起こしてしまいそうで動けない。背中で感じる温もりと、規則正しい寝息に心臓が早鐘を打つ。
二度寝しようと思ったのに、すっかり目が冴えてしまった。
寝よう。寝よう。と、念じて瞼を閉じた。
「ごめん……ゆい……」
寝言で、ナカノが女の名前を呼ぶ。昨夜の着信画面を思い出した。彼女の名前だ。
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