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「乗らないんすか?」
ナカノは不思議そうに首を傾げつつ、エレベーター脇のパネルにカードキーを読み込ませている。
操作可能になったボタンで、52階と入力された。
「部屋の鍵、なくした」
俯いて言いつつ、自分で情けなくなってくる。
「えっ? 大丈夫ですか? 管理人さんとかに連絡しました?」
「まだだけど。こんな時間だと対応して貰えないだろうし」
「そうっすよね……あ、とりあえず俺の部屋来ます? まだ引越したばっかでごちゃごちゃしてるけど」
「え……」
予想外の提案に、呆気に取られているとエレベーターが到着した。
「こんな時間だし、泊まるとこ探すのも大変だろうから」
たしかに自分と同じく疲れているであろうメンバーに連絡するのも気が引けたし、今からホテルなんて探す気力もない。
「わるい……助かる」
そう素直に頷いて、ナカノと一緒にエレベーターに乗り込んだ。
勢いよく上がっていくエレベーターの中の静かな空間に、心がそわそわして落ち着かなかった。
もう会うことなどないと思っていたのに、思いがけずナカノの部屋を訪問することになってしまった。
自分より少し背の高いナカノをちらりと見上げると、目が合う。昨日はキャップをかぶっていて髪型がよく分からなかったけれど、いかにも大学生らしい濃茶のツーブロマッシュヘアだ。長めの前髪は、目の上ぎりぎりラインだった。
――ナカノって人に惚れちゃったってわけ?
伊月の余計なひと言を思い出して、こうして2人きりになることが勝手に気まずい。あからさまに目を逸らしてしまった。
何か、言わないと、と言葉を探していると、沈黙を破ったのはナカノの方だった。
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