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なんだ? 俺まずいこと言ったか? ちょっとは謙遜しろってか?
「素で笑ってるとこ初めて見た」
ナカノはそう言うと、驚いた表情から、ふ、と穏やかな笑顔を見せる。
……これ女だったら確実に惚れてるだろ。無自覚タラシってやつか。
「……いや、あのさ、そういう、可愛いとかじゃなくて。俺、実際、口悪いじゃん。気になんねーの?」
冷めてくれない頬の熱を誤魔化すように再び、どもりながらも問いかける。
「それは、人間みんな、ずーっと同じ顔してるわけないじゃないっすか」
ああ、そうか。
こいつはやっぱり、そういうやつだ。
人の短所を気にせず、長所ばかり見てる。
「お前はずっと、誰に対してもどこに言ってもそのまんま、変わらなさそうだけど」
「はは、よく言われちゃいますよ。もっとTPO考えろって」
「いや……良いと思う、すげー羨ましい。俺は、キャラを作ってしか、輝けないから」
ありのままでも、きらきらしているナカノが、羨ましい。
「でもその、キャラってやつは、市瀬さんの努力があってこそですよね。誰でも出来る事じゃないし、少なくとも俺は無理っす。それにどっちの市瀬さんも、間違いなく市瀬さんですよ」
外は真っ暗なのに、夕陽が見えた気がした。あたたかく穏やかに、心の全てを包み込んで癒してくれる。昼間の太陽のようにひどく眩しくなくて、優しい。夕暮れの景色のような、ナカノの言葉と、笑顔。
――惚れちゃったってわけ?
またもや伊月の言葉が脳内を木霊する。そうか。俺。ナカノが――。
そのとき、スマホの着信音が部屋に鳴り響いた。ナカノの手の中にあるスマホ画面が光っていた。覗くつもりはなかったけれど、ちょうど画面に表示された名前が見えてしまう。
立花結衣。どう見ても女の名前だ。
「彼女?」
違いますよー、と。また、笑って返してくれると思った。
「はい、彼女です。俺が地元離れて上京したから遠距離になっちゃったんすよね」
ナカノは、すみません、と照れくさそうに笑いながら、スマホに耳をくっ付けてソファーから立ち上がり、部屋を移動する。
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