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「え、でも……」
鍵の心配をしてくれているのだろう。
彼女にバレないよう、ジェスチャーで「エントランスに友達が来てる」とあらわす。
とにかく一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
「そっか。じゃあ、またいつでも来てくださいね」
無事夕希に伝わったらしい。
彼女も一緒になって、
「夕希のこと、よろしくお願いします」
と、笑う。
お前の物じゃねえだろ。と、突っ込みたくなったけれど、彼女なのだから、当然の言い回しだ。
「そんな、母さんみたいなこと言うなって」
親しげに突っ込みを入れる夕希。どんどん、どんどん虚しくなっていく。
「スウェット貸してくれて、ありがとう。着替えだけさせて下さい」
なんとか笑顔を作ってそう言い、脱衣所で昨日着ていた服に着替える。
あー、どうしようか。昨日一日着ていた服をまた着るのはさすがに気持ち悪い。適当に服買いに行って着替えるか。
B放送局なら、直前でも借りられるダンスレッスン室あったよな。早めにそこに行ってもいいし……。
なるべく、夕希のことを考えないようにと、今日のこれからのことを考える。けれど、嫌でも彼女と夕希の会話が耳に入った。
「昨日連絡返すのだいぶ遅かったけど、また本に没頭してたんでしょ」
「ごめんごめん。ちょうど図書館で読みたかった本見つけてさ」
「私と本どっちが大事なの?」
「本かな」
「あはは、さいてー」
連絡が遅い理由を、聞かなくても分かるほど、一緒に過ごした時間が長いのだろう。
軽口をたたける2人の距離感に、仲の良さが伝わってくる。
……もう、今日で会うのはやめよう。
時々、飯を食うくらいなら、と思ったけれど、夕希に会ってもきっと、彼女の姿が頭から離れなくて虚しくなるだけだ。
着替えを終えると、リビングに置いていたバッグを肩に掛け、「お邪魔しました」とだけ声を掛け、そそくさと夕希の部屋を後にした。
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