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間違いなく、玄関の前に立っているのは先程の青年なのだろうけれど、スマホを耳につけたまま今度はしっかりと顔をモニターで確認する。
年齢は自分より下だろうか。
スポーツブランドのパーカーにキャップを被って、リュックを背負っている。
ルックスはフツウという感じだけれど、少し垂れた目には目力があるし、背丈もそこそこ高い。
芸能界で出会う華々しい人種とは違うけれど、そんな肥えた目で見ても、普通にモテていそうと思える雰囲気を纏っている。
ともかく冷静に観察すればどこにでもいる大学生のようなその青年は、高級タワーマンションの52階に居るには不相応に見えた。
しっかりとした警備のこのマンションは、先程酒井が言った通り、訪問者であれば厳しいチェックを経てようやく入ることができる。
訪問者以外で帆多留の元を訪れるということは、つまり、このマンションの住人だろうか。
帆多留がそう考えると同時に酒井も受話器の向こうで言う。
「マンションに住んでいる人じゃない? 一般市民が気安く住めるようなマンションじゃないし、まさか興味本位で帆多留くんに近付くような野暮な人はいないと思うよ」
それもそうだ。騒がせて悪かったと謝罪しつつ電話を切る。全く吸えていない煙草は灰皿に押し付けて、モニターの通話をオンにする。
「はい、なんでしょう」
「あの、大丈夫ですか?」
無言でドアを閉めたせいか、心配するような声色で青年が聞く。
「すみません。ちょっと諸事情で」
適当に誤魔化すと、青年が「本当すみません急に」と謝って眉を下げた。
そのお人好しそうな雰囲気にどうにも、怪しい人物では無い気がしてくる。
「俺、隣に引っ越してきた、ナカノって言います。心ばかりですが手土産持って来たんでよかったら開けて貰えると助かります」
引越しのご挨拶ってやつか?
今どき田舎のアパートでも聞かないんじゃないか。
それをこの高級タワーマンションでやってのける青年にやはり少々胡散臭さを感じつつ、「はい」とだけ言うと玄関に向かった。
そっと、10cmほどドアを開けて、警戒心丸出しで青年を見る。
「忙しいとこすみません。よろしくお願いします」
人好きのする笑顔でそういう「ナカノ」は、正方形の菓子折りを差し出してくる。
それをさっと受け取ると、
「どうも……じゃあ、まあ、よろしく」
と、素っ気なく言葉を返す。部屋に戻ろうとすると、ナカノの表情がみるみるうちに驚きの色に変わっていく。
「……え? もしかして、市瀬帆多留!?」
大声でそう言われ、思わず、
「馬鹿! 声でけえよ!」
と、一喝してしまう。
やっと気付いたのかよ。つーかしまった。せめてマスクくらいして出ればよかった。
あーもう終わったな。喫煙姿を見られた上に、この口の悪さまで晒してしまった。
動揺すると人間、ろくなことをしない。警戒心がばがばな自分に呆れてしまう。
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