190人が本棚に入れています
本棚に追加
とっさに駆け寄ってきた夕希に、抱き止められた。
「ほら、無理しないで下さい」
途端に近くなった顔と顔の距離に、昨日抱き着いてしまったことと、口付けを思い出してしまって、盛大に心臓が跳ねる。
「わり……」
顔を背けて夕希から離れ、大人しくもう一度ベッドに腰掛ける。
そこまで二日酔いが辛いわけではなかったけれど、誤魔化すように頭痛のフリして額をおさえる。
「飲み過ぎですよー」
そう言われつつ頭をひと撫でされて、また心臓が跳ねた。そのまま顔が上げられなくなってしまう。
「お前さー、距離近いとか言われね?」
「あ、すみません……男にこんな、触られても嫌ですよね」
離れた手と、顔を見なくても落ち込んでいると分かる声色に、しまったと思う。
――嬉しいくせに。素直に言えない。
少しの沈黙のあと、夕希が言う。
「あの……キッチン借りていいっすか?」
「キッチン? 別にいーけど……」
「二日酔いには味噌汁が効くって聞いたので、作りますね」
「いや、俺の冷蔵庫そんな、食材揃ってねーよ」
「俺の部屋から、持ってくるんで! ちゃんと寝てて下さいね」
笑顔でそう言う夕希が、ぱたぱたと部屋を出ていく音がする。
なんか、飯作ってもらってばっかだな……。
醜態を晒してしまったけれど、仲直り? 出来て良かったと思いながら、もう一度ベッドに潜って目を瞑った。
彼女と別れたなら、変に、気を遣うこともしなくていい。ふと、それを実感する。
自分のものにならなくたって、夕希は今、誰のものでもないのだ。
あの時は急に、キスされて、冷静に考えられなかったけれど、正直、嬉しい。
最初のコメントを投稿しよう!