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何を、謝っているのだろう。
「この前、急に、無理やり、あんなことしてごめんなさい」
あんなことと、とは、聞かなくてもキスをしたことだとわかる。
もう、別に、いいのに。むしろもう一度、したいくらいで……。
「……まあ、びびったけど」
「そっすよね。酷いことしといてムシがいいけど、あのことは忘れて下さい」
何も返せずにいると、夕希が顔を上げる。
驚くほどに悲しそうな、切なそうな、微笑みを浮かべて。
なんだろう、この感じ。心がざわざわする。
早く何か言わなければと思った。
何か、何か。
また一緒に、飯食べたいとか。
また、会いたいとか。
夕希のことが、好きだとか。
「……忘れて下さい、俺のことも」
「は……?」
そう言われて、頭が真っ白になって、言葉が出てこない。
「もう、迷惑かけないので。……もう、会わないようにするので。本当ごめんなさい」
背中を向けて寝室から出ていく夕希。引き止めないと。
慌てて一気に身体を起こすと、ずきん、と頭が痛む。
「痛っ……」
頭をおさえて、顔を伏せる。玄関のドアが閉まる音がした。
どうして? なんで?
親に置き去りにされた子供のように、心がしおれて、上手く呼吸が出来なくて。今にも涙が溢れそうなくせに、泣くことも出来ない。
そのまましばらく、ベッドの上から動けなかった。
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