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深く息を吸って、インターフォンを押す。
中から聞こえる、ピンポーンという音。少し待ってみるが、応答が無かった。
まだ大学から、帰って来ていないのだろうか。それとも……居留守を使われているかもしれない。
やばい、泣きそうだ。
「夕希……」
情けなくもれた声はただ、独り言になって春の空気に溶けていく。
もう夕希と会えない。それを認めてしまうのが怖くて、そこから動けずにいると、後ろから足音が聞こえた。
「帆多留さん……?」
スーパーのビニール袋を抱えた夕希が、立っている。
良かった。居留守では、無かった。
今朝も会ったはずなのに、夕希の姿を見ることが、とても懐かしい感じがする。
「あ……あのさ、」
また会いたい。そう望んでいたのに、いざ本人を目の前にしたら口ごもってしまう。
夕希は何も言わず、じっとこちらを見つめて次の言葉を待ってくれているらしい。
「俺の、ニュース、見た……?」
眉を潜めた夕希が、「見ましたよ」と言う。言い方が、自分の知る夕希でないことに、帆多留は背筋が冷たくなった。
いつものように温かく包んでくれるような夕希の声色も表情も、どこにもなかった。
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