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13 サリーナの本当の気持ち
◇◇◇
サリーナは走った。とにかく走った。どこをどう走ったのか分からないが、気がついたら温室に来ていた。
「あれ、サリーナ様、どうされたんですか?」
「エバ……私、私、アレクサンドル様から逃げてきたの……」
「アレクサンドル様?あのバリケードを突破したのか。やるな。で、どうしたんですか?」
「アレクサンドル様が、私に、王妃になれって」
「へえー?」
エバは思わずにやけそうになる顔を必死に抑えた。何だかんだと言い訳を並べていたが、ついにサリーナの前に跪いたらしい。ゲインもようやく胸を撫で下ろしているだろうなと。しかし、
「私、私はっ!アレクサンドル様の王妃になんてなりませんっ!」
「えっ!もしかして、アレクサンドル様のことが、生理的に受け付けないんですか?変態だから?だったら、仕方ないな……(またいちから婚約者を探すとなると、何年先になることやら。長く続けてきたゲインとの関係も見直さないといけないかもなぁー)」
うっかりゲインが見捨てられそうになったそのとき、石化が解けてから追いかけてきたアレクサンドルがようやくサリーナに追い付いた。
「サリーナ……」
サリーナはアレクサンドルをみるなりプイッと横を向いてしまう。アレクサンドルは絶望した。
「か、顔も見たくないということか……」
血を吐きそうなアレクサンドルに追い討ちをかけるように、
「サリーナ様はアレクサンドル様のこと、生理的に受け付けないらしいですよ?」
さらりと言い放つエバ。
「せっ、生理的にっ……」
そこにリアナとエレンも合流してきた。
「え?なになに?アレクサンドル様また振られたんですか?」
「サリーナ様はアレクサンドル様のことを生理的に受け付けないと。ふむ。それでは仕方ないですね。新たにサリーナ様の婚約者を見つけないと……」
アレクサンドルの顔が白を通り越して土気色になったそのとき、サリーナが小さな声で呟いた。
「他の婚約者なんていりません」
「あら、サリーナ様は独身主義者ですか?それとももしや……」
「ちっ、ちがうの。王妃になるのは嫌だけど、ここは好きなの。生まれて初めて、暖かい布団で眠ったわ。お風呂は、とても気持ちよかった。お料理は信じられないくらい美味しかったし、毎日の作戦も楽しかった。エレン先生も、リアナも、エバも、料理長も、メイドの皆も、みんな、みんな好きなの……ここから、離れたくない。この後宮は私にとってまるで、天国みたいだったの……」
「サリーナ様!」
リアナが感激する一方で、エバはふむ、と頷いていた。
「つまり、アレクサンドル様以外は好きということですね」
アレクサンドルは泣いた。もう、耐えられそうになかった。生まれて初めて愛しいと思った女性に、ここまで嫌われるとは。いや、しかし、嫌われて当然なことをしたのもわかっている。ここは男らしく身を引くべきだろう。
「サリーナ、サリーナが望むなら、いつまでもこの後宮で過ごすといい。この後宮はお前のために整えたんだ。ここは、お前のものだ」
「アル様……」
「俺は、もう、姿を見せないから。王宮は、別の場所に建てるとしよう。だから、安心して……」
「いやっ!」
「えっ……?」
「アル様は、アル様は、私に一生お側で仕えろと言ったじゃないですか!私を、ひとりにしないと、約束したじゃないですか!夜は、一緒に寝てくれるって!いったのにっ!」
ボロボロと泣き出すサリーナをみて慌てるアレクサンドル。
「え?でも、えっ?サリーナは俺のことが嫌なんだろう?」
「私はっ!私はっ!アル様の奴隷でいたいんです!」
「え、ええーーーー???」
「アル様と!この後宮で!毎日一緒にいたいんです!」
「サリーナ……」
「アル様と一緒に食事をしたいし、一緒にお風呂に入りたいし、アル様と毎日一緒に眠りたいんですっ!変態でもかまいませんっ!さっき、無理やり部屋に押し入って裸をみたことも怒ってません!」
「え、いや、ちょっとまってくれ。さっきのはわざとじゃ、わざとじゃないんだ!怖い!エレンの顔が凄いことになってるから!ちょっと落ち着こうか!?」
「お前が落ち着け」
リアナの、鋭い指摘にエバがこくこくと頷く。どうやらサリーナはアレクサンドルのことが生理的に嫌、という訳ではないらしい。変態なのに。
「じゃあ、なぜ、王妃はいやなんだ?」
アレクサンドルがサリーナの目を見つめながら問い掛ける。
「俺のことが、嫌いじゃないなら、別に王妃でもいいんじゃないか?」
「それは……」
「教えてくれ、サリーナ。何か、他に理由があるのか?」
「私が、私がアル様に相応しくないからです」
「なぜだ?」
「私の母は、身分の低い、どこの国のものとも知れぬ人であったと聞いています。」
「そんなこと!」
「父は王族でしたが、国はすでになく、私と婚姻を結ぶメリットなどアル様にはありません」
「そんなもの!」
「アル様は、アル様に相応しい、立派な王妃様を持つべきです。私には、何の力もありません……」
「そんなこと、言わないでくれ……俺は、サリーナを、愛してるんだっ」
「アル様はお優しいから……私に同情しているだけです。でも、それでも、お側にいたいんです」
「同情じゃ、同情なんかじゃない!」
そのとき、二人の様子をじっと見つめていたエレンが、ゆっくりと口を開いた。
「そのことなのですが……多分、サリーナ様はダルメール王の血は引いていないのではないかと……」
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