暗闇のクリスマス

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「仕事だからクリスマスは一緒に過ごせないけど、この週末なら」 「ユウキ、それでもいい。じゃあ次の土曜日に」 クリスマス一週間前の週末に過ごすだなんて、全く本命じゃないってことなんだけど、それ解ってんのかな? や、解ってるか。そもそもつきあってないもんな。 それでも俺にくっついてるこの女。 「ねえ、彼女いないならどうして私じゃダメなの?」 大きな瞳と分厚くてセクシーな唇、申し分なくくびれた華奢なウエスト。 お前はとっても美人で可愛い。 他の男からも粉かけられてるの知ってるぜ?すごくモテるよな。 だけど彼女にするには何か足りないんだ。 約束の土曜日が来て、目が覚めた。 天井を見ながらああ、めんどくせえなって思う。 多分、あの人がこうやって誘ってくれたなら、全くそうは思わなかっただろう。 あの人だったら。 去年のクリスマスにこの地域で大きめの地震が起きた。 職場のエレベーターであの人と二人で閉じ込められて、散々だった。 そう。散々だったんだよ、あの頃。 俺の気持ちは高く高く上がって、真下に打ち付けられた。 ずっと好きだったあの人は、話してて上手くいく感じかなと思っていたあの人は、俺がボヤボヤしてる間に職場の先輩と結婚した。 品が良く控えめなその人は、品の良い出世頭の先輩と確かにお似合いだ。 エレベーターに閉じ込められたのは、あの人が新婚旅行から帰り、職場に戻ってきて間もなくだった。 ガタン!! 大きな音とひどい揺れ。 エレベーターは吊ってあるだけだからよく揺れた。 書類を抱えていたその人は悲鳴を上げて倒れそうになった。 俺もその時は地震だし咄嗟に抱きとめたんだけど、そのまま停電してさ。 真っ暗な中で、好きな人が腕の中にいるってどんな気持ちになると思う? ――そう。そういう感じだよ。 俺はその人の感触や匂いを感じながら我慢することができなかった。 「……ごめん。無理だ」 謝りながらその人を無理矢理抱いた。 停電が復旧した時のその人の上気した泣き顔と、夫が見てもわからないような場所に付けた跡は今でもくっきりと思い出せる。 それから、その人とは何もない。 部署も違うし、仕事で絡むこともほとんどない。 だから会う事も無い。たまに社内行事で見かけるぐらいだ。 もう一年経つけど、クリスマスに他の女を抱きたくないのはそういう訳だ。 まだあの出来事を覚えている内は。 「今日はたくさんつきあってくれてありがと!ユウキに何かプレゼントしたいんだけど、何がいいかな?」 「……じゃあ、ワインがいい。二本欲しいな」 あの人が好きだと言っていた白ワイン。 クリスマスにはこれを一人で飲むつもりだ。 好きな女を想いながら飲む酒を、別の女に買わせるとか俺も最低だよな。 帰りの電車に乗る。空いていて座ることができた。 隣で可愛い顔をした女が俺にもたれてうとうとしている。 遊び疲れたのか。俺もだよ。 溜息をつきながら車内を見回すと、ドアに近い場所、そう遠くないはす向かいにあの人がいた。 こんな偶然ってあるんだな。 友達と買い物でも行った帰りらしい。横を向いておしゃべりしている。 俺に気づいているのかいないのか。 俺はもう女がいるから安心しなよ、見て確認したらどうだ、と思いながらその人を見つめる。 視線を感じたのかこちらを向いたその人と、パチッと目が合った。 全く気付いてなかったんだな。 俺を見て目を丸くしたが、すぐに目を逸らした。 顔がうっすらと青ざめ、膝が小刻みに震えていた。 ハ、そう震えるなよ。こんな場所で襲いやしないから。 けど、思ったよりもその人の様子は俺にダメージを与えたようで、それ以上見つめることができなくなった。 「……そろそろ降りるとこかな? 着くよね?」 隣の女が目を覚ます。ほんとお前可愛いのにな。 何で好きになれないんだろうな。 「ユウキ、行こ?」 短いスカートを揺らしながら女が先に席を立ってドアへ向かう。 その間に降りる他の乗客がドアに集まっていく。 俺は一本ワインを紙袋から出し、自分のバッグに入れた。 ゆっくりと席を立ち、他の乗客と駅に到着するまでの短い時間をその人の前で待つ。 「メリークリスマス」 電車が停まり、ドアが開いた瞬間、俺はその人にそう言ってワインの入った紙袋を押し付けた。 俺が下りた電車が次の駅へ動き始める。 振り向くと、紙袋を膝に乗せたその人と目が合い、そのまま電車の模様が一本のラインになると俺の横を通り過ぎて行った。 彼女は俺が渡したワインを飲んでくれるだろうか。 俺の事を思い出しながら。 俺が一人でそれを飲む、クリスマスの日に。
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