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CASE1
3年前――
その女、鮮見友里子は生活安全課の刑事を務めている。彼女が手にしているのは三つ折りに畳まれた退職届だ。
「失礼します」
警視庁長官室には倉木春影が待ち構えていた。鮮見は退職届を春影の前に差し出す。
「ここで君を失うのはあまりにも痛い。だがこれを破り捨てる事は私にはできない」
「可愛い娘を見捨てる事は私には出来ません。私はこれで失礼します」
鮮見は頭を下げて長官室を出て行った。
鮮見が歩いている廊下に倉木澪が鉢合わせた。
「お辞めになられるんですか…?」
「そうよ。でも今の貴方なら私がいなくても大丈夫よ。貴方はもう一流の警察官だから」
「そんな…」
澪は鮮見の背中を悲しそうな目でただ見つめていた。
鏡伝次は1人で死別した妻、真理愛の写真を見つめていた。
「済まない、真理愛」
伝次は溜息をつきながらマーガレットの花束を置いた。
鏡真珠は雨の降る道を傘を差さずに歩いている。目には涙を受かべている。
「こんな人間の為に…あんな奴らは消えてしまえばいいのに…」
真珠は路地裏をただ背中を丸めて歩いて行った。
時は流れて、3年後――
吉菜高校の生徒会長室ではとある3人の生徒が集まっていた。背の高いスラっとしたモデルのような生徒、ガタイの良い喧嘩の強そうな生徒、そしてパソコンに齧りついている生徒だ。それぞれの名は箕田來、真久部狩人、高木恭介である。
「真珠の奴、何やってんだろうな」と箕田。
「知らん。退学届でも印刷しているんじゃないか」と真久部。
「まぁ、どうでもいいんだけどね」と高木。
「そういえばよぉ、俺が言っていたものをちゃんと買ってきたんだろうな」と真久部が高木の肩に手を置き尋ねる。
「なんでだよ。僕はパシリじゃないんだぞ」と高木も応戦するが、「うるせぇ。さっさと出せ」と真久部は引かない。大きく溜息をついた高木は「わかったから」と言い、焼きそばパンを真久部に差し出した。
「これだよ。円田さんの購買の焼きそばパン。俺の力の源なんだよな」
「今度は自分で買ったらどうだ」と箕田。「そうだそうだ。ツケ溜まってんだよ。今度メロンパン奢ってくれよ」と高木も声をあげるが、「はいはい」と軽く返事をしただけで軽くいなした。
「俺は塩おむすびだがな」と箕田。「それより、真珠の奴はどこで何をやってるんだ」と真久部は話題を変える。
「一体どこで何やってるんだろうね」と高木がおどけて答える。
校舎裏では複数人の生徒がたむろしていた。1人の生徒はポケットから煙草を取り出した。
「おい、やめとけって」
「何でだよ」
「この学校には生徒会の魔女がいるんだぞ。その人は退学届を持ち歩いているって噂になってるんだよ」
「そんなの知らねぇって。バレなきゃどうって事も――」
煙草を床に落とし、その表情は凍り付いた。そこに現れたのは真珠だった。彼女は、人呼んでこの学校の魔女と呼ばれる人物である。
「貴方達にはこの学校を去って頂きます」
真珠は彼等に退校届を突き付けた。
鮮見はただ1人校長室の椅子に座り黙想していた。そこにやって来たのは養護教諭の勝端律子である。
「失礼します。こちらの結果をお渡しします」と勝端は一枚の紙を差し出す。受け取った鮮見は一通り確認した後、「わかったわ」と言い、ポケットにしまった。
「この秘密は墓場まで持っていく話。あの子にだけは絶対に知られていけないわ」
「はい。間違いなく、この結果は本来ならありえないことです。では私はこれで」
そう言って一礼をして勝端は校長室を出て行った。
真珠はタバコを吸っていた生徒に詰問していた。
「一体どういう事なのでしょうね。未成年でありながらタバコを吸うなんて」
「うっせぇな。お前には関係ないだろう!」
「反省の色が無いなら消えてもらいます」
その言葉に反応した1人の生徒は真珠に向かっていきなり拳を振りあげた。しかしその手は何者かによって止められた。
その人物は箕田だった。箕田は手を捩り上げ腹にパンチを一撃お見舞いした。
「女に手を挙げるなんてねぇ。どうかしてるぜ」
「な、お前誰だ!」
「知らないなんて、悲しいやつだ。俺はE4のサブリーダーである箕田來。そしてこの女はリーダーである鏡真珠。何も可愛くない奴だ」
「余計なお世話よ」
「E4!?ヤバッ!」
その名前を聞いた途端、全員蜘蛛の巣を散らすように去っていった。箕田はタバコの吸い殻を拾い上げる。
「いくらのさばっている奴らも、俺たちは怖いんだな」と箕田は鼻で笑う。
「くだらないわね。こんな奴らが消えてなくなれば良いのに」
「お前は心が無いのか」
「あると思った?真面目な人間は生きてて良い。逆に不真面目な人間は死んだら良い。簡単な事よ」
真珠は振り向いて去ろうとする。するとピタリと止まった。
「いちごミルク、用意しておいて。これは生徒会長命令よ」
昼時の購買部は混雑しており、人がごった返している。真珠は1人そこに現れた。
「あら、真珠ちゃん。こんにちは。いちごミルクで良い?」
「良いですよ」
声をかけたのは購買部の職員である円田渚だ。彼女はこの学校の卒業生であり「E4」と呼ばれる組織の事を知るごく一部の人間だ。円田は真珠にいちごミルクを差し出す。
「その手の汚れ。また何かやって来たんでしょ」
「ええ、タバコ吸ってる人間に退校届を突き付けてきたばっかりです」
「そうなの。ご苦労様」
暫くして円田は「そういえば、恭ちゃんがまた肩を落としてここにやってきたわ。また狩ちゃんがパシリに使ったんでしょうね」と微笑みながら言う。
「後で注意しておきます。私はこれで失礼しますね」
「E4」とはこの吉菜高校を束ねる組織であり、表向きは生徒会として活動している。「学校に悪人は不要」をモットーにあの手この手で対象となる生徒を退学させることを目的をしており、主に放課後に活動を行っている。今は丁度放課後を迎えて活動の最中だ。生徒会室の扉が開き、真珠がやって来た。
「来たか」
そう言った箕田はボクシンググローブをしまった。真珠の目線は真久部を向いている。
「真久部、高木をパシリに使うなと言ってるでしょ。これで何回目?」
「えーと…」
「数え切れないほどでしょ」
「ぐっ…」
真珠は呆れ口調で真久部を窘める。そして高木に向かって「貴方も断りなさい。そんなマイペースな性格だから舐められるのよ」と言う。高木は言葉に詰まって子犬のように背中を丸めて縮こまった。
「早くやるぞ、真珠」
「分かったわ。早く自分の席に座りなさい」
その声に4人は自分の席に座る。そして箕田は1枚の紙を机の中央に出す。
「今回吊るし上げるのは2年A組の生徒、津島倭」
その写真に写っている顔は如何にも悪そうな顔だ。
「僕、こういうの嫌い。どう見ても人を殴ってるような奴」と高木。
「で、何でこいつが対象なんだ?」と真久部。
箕田はタブレットを取り出し動画を再生した。そこには罵声と共に1人の生徒が先生を殴る動画が映っている。
「この動画が投稿されたのは昨日。そして瞬く間に拡散し、高校名まで特定された。ネットの力は恐ろしいわね」と真珠。
「この津島って奴、過去にも同様の事件を起こしている。前回は停学処分で済んだらしい」
「今度はそうはいかねぇよ。なんてったって俺たちがいるんだからな」
「E4の名にかけて、こいつを退学させる」
早速、2ーAの教室に箕田と真久部が潜入する事になった。箕田は教室の隅に隠しカメラを設置していく。真久部は津島の席に小型の盗聴器を仕掛けた。真久部は大きな欠伸をする。
「暇だな。真珠は帰っちまったし」
「だとしても、少しは働け」
箕田と真久部は小競り合いをしている。そこに骨伝導イヤホン越しに高木の声が響いた。
『津島って奴、キレると手がつけられない性格だって学年の間では有名だって』
「根っからの悪じゃねぇか。ぶん殴ってしまえば一発なのによ」
「よせ、真久部。魔女に咎められるぞ」
『じゃあ、にんにくを真珠の傍に置いておく?』
「高木、くだらんジョークが過ぎるぞ。お前も仕事しろ」
その後、3人は各々の仕事を遂行していった。
真珠は帰り際、駄菓子屋「木春菊」に立ち寄っていた。学校から家に帰る時は必ずといって良いほど立ち寄っている。店に入ると1人の男性が出迎えてくれた。
「いらっしゃい。おお、真珠ちゃん」
「ご無沙汰しております」
真珠に声をかけたのは出水圭祐であった。この駄菓子屋の店長を務めており、高身長である。
「このイチゴ味のラムネ1つ下さい」
「かしこまり。110円ね」
真珠はポケットから小銭を出し支払った。出水はラムネを真珠に差し出した。
「で、彼氏は出来たか?」とおちょくるかのように聞く。
「また、その質問ですか。散々言いましたよ。必要ないって」
「所詮、お前は高嶺の花だからな」
「悪かったですね」
真珠は不服そうな顔をして答えた。
「それよりも大事な事をやらなきゃいけないんで、今日はこれで失礼しますね」
「おお、気を付けて帰んな」
出水は真珠を見送っていった。
真珠はしばらくして自宅に到着した。真珠の家はアパートの1階にあり、女子高生が住んでいるとは思えないほどである。
「ただいま」
「おかえり」
扉を開けた真珠を出迎えたのは父親である伝次だ。少し頼りなげな風貌をしている。
「それでどうだった。今日は」
「別に」
真珠は素っ気ない態度を取る。伝次は「またか」と呟いた。それに構わず伝次は夜ご飯を作り始めた。
暫くして夜ご飯が出てきた。2人は向かい合わせに座り「いただきます」と言い、箸を手に取る。
「また質素な料理」
「文句言うな。これしか得意な料理がないんだからよ」
2人は暫し、黙って食事を進める。暫くして真珠が口を開く。
「ねぇ、私には母親はいないって言ってたよね?あれって本当なの?」
「いや…どうだか」
伝次は目線を横に向ける。それを見た真珠は「その反応、絶対嘘よね」と嘘を見破るかのように言う。
「とにかく早く食べなさい。料理が冷めるぞ」
「はあい」
真珠は不服そうな顔を伝次に向ける。伝次はどこかやり切ったと思えるような顔をしていた。
その夜、真珠が寝静まったタイミングを見計らい、伝次は1枚の書類に目を通していた。それは3年前に民間科捜研から差し出されたものだ。
伝次が見ているその書類に書かれている事柄は伝次と真珠の親子鑑定に関する結果である。その結果は「不一致」である。
伝次は何か意を決したような表情をしている。
翌日の朝、真珠は登校して直ぐに保健室に向かった。保健室の椅子に座っているのは勝端だ。
「あらら、真珠ちゃん。今日は治療されに来たの?お代は高いわよ」
「いえ、そんなわけではないですけど」
彼女は穏やかであり、容姿端麗であるという触れ込みでこの学校内を駆けまわっているが、それは表向きの姿であり、裏ではどんな違法な手を使ってでも直す闇医者としての一面を持っている。その事実を知るのはE4のみだ。
「それで、圭祐君は元気そうだった?」
「出水さんの事なら心配いりませんよ。顔なじみなんですね」
「昔からの知り合いよ。それよりも少し気になる事があるの」
真珠は近くの椅子に座る。勝端はさらに続ける。
「実はつい先日、城本先生が保健室にやって来たわ。どうやら殴打された跡がくっきり残っていた」
「確か、2年の学年主任を務めている先生だわ。確か受け持っている授業は世界史」
「その世界史の授業の後にここにやって来た」と勝端が引き取る。
「だとしたらこの津島っていう生徒が殴ったって事の証拠はあるわね」
「じゃあ、もう話は簡単よね」
真珠は椅子から立ち上がり、保健室から出て行った。
その日の放課後、E4は全員、生徒会室に集まっていた。箕田が仕掛けた隠しカメラの映像を全員で見ている。その映像には津島が城本に手を挙げる映像がバッチリと映っていた。
「論よりエビデンス。これで退学届1枚は確定だな」と真久部は大笑いしながら言う。
「いや、そう簡単に事が運ぶとは思えない」と箕田は冷静だ。
「どういう事なんだ」
「津島の父親は教育委員会のトップ。停学処分相当の事案を起こしたとしても権力でもみ消して、何度もいけしゃあしゃあとトラブルを起こしていたらしいと円田さんから聞いたわ」と真珠はいちごミルクを飲みながら言う。
「圧力か。嫌な奴だねぇ」と高木はダウナー気味に呟く。続けて「この津島哲史って教育委員会のトップの人間、鮮見校長も面識があるっぽい」と言う。
「そして、このバカ息子はそれ以上にとんでもない愚行をやってたんだよね」と高木は動画を再生させる。その動画に映っていたのは津島が動物に虐待を加えている姿だ。
「悪い奴だな」と箕田は呆れたように呟く。
「でも、これ以上は待てないわよ」と真珠。
「じゃあ、失脚させちゃう?」と高木は何か悪い企みを浮かべる。
「何をする気だ?」と真久部も疑問を投げる。
「簡単だよ。彼のパソコンかなんか電子機器にハッキングしていやらしい画像を開くように仕向けちゃえば良いんだよ。この天才ハッカーの手でね」とニヤリと笑みを浮かべる。
「拳で殴るより、質が悪いな」と真久部が高木の首を絞めるかのように言う。「ちょっと、苦しいから離して」と高木はタップする。
「子犬みてぇな面してんのにやる事は悪どいんだな」
「それも真久部君も同じだよ」
2人のやり取りはヒートアップしている。それを制するかのように真珠が口を開いた。
「いいんじゃない。それで」
「は…?」
「津島を退学に追い込むんだったら、まず父親を失脚させることが先よ。邪魔な障害物は先に取り除く」と言い真珠は生徒会室を出て行った。
「だったら、僕に任せておいてよ」と高木は腕をまくりながら言う。
「出来なかったら、俺の一生パシリだからな」
真珠はただ1人校長室を訪れていた。調査対象となる津島に関して結果を報告する。
「経過はどうですか」
「ええ、色々と難航中です。津島の父親は教育委員会のトップ。正面から向かえる相手ではありません。しかしながら、私の素晴らしい仲間が計画を実行中ですのでご心配なく」
「計画?」
「ホワイトハッカー『タトゥー』は今、津島の父親を失脚させるつもりです。卑猥な画像を彼の父親に送りつけるそうです」
その言葉に鮮見は吹き出す。そして大笑いを続けた。
「何が可笑しいんですか」
「いや、貴方達は中々面白い事を考えるわね。良いわ。続けなさい」
「はい。私はこれで失礼します」
真珠は鮮見に一礼をして校長室を退出していった。
その頃、ホワイトハッカー『タトゥー』こと高木はパソコンを操作していた。その様子を箕田と真久部が後ろで見ている。
「じゃあ、やってしまおうかなぁ。ま、パソコンに疎そうな顔をしているし、トロイちゃんで十分だね」
「どういう事だ」
「簡単だよ。メールの本文にURLを張っておく。そしてそのURLを開いたその瞬間に彼のパソコンはウイルスに感染した状態になって情報を抜き取られまくりってわけ。そして遠隔操作をするんだ」
「なんだかわかんねえなぁ。ぶん殴ってしまえば良いのによぉ」と真久部は腕を伸ばしながら言う。
「何でそんなにぶん殴る事しか考えないんだよ」と高木は呆れながら言う。
「手っ取り早いのはそれだろう」と真久部も言い返す。
「俺も真久部と同じだ。だが、俺たちは校長の命を受けた人間。指図に背いたら真珠の奴にこっぴどく絞られる」と箕田。
そうこうしているうちに高木はハッキングを完了した。
「さーて、覗いちゃうか」と言い、パソコンを動かす手を早めた。すると簡単にサイトにアクセスすることが出来た。
そのサイトにはポルノ画像が多数掲載されていた。3人は口を揃えて「気持ち悪っ」と声をあげる。
「津島の父親はとんでもない変態だったって事かよ」と真久部。
「じゃあ、至る所にバラまいちゃう?」と高木も笑みを浮かべて言う。
「ああ、やってしまおうか」と箕田。
その時、真珠が帰ってきた。
「一体、どこに行ってきたんだ」
「校長先生の所よ。それで、アンタ達はどうなったの」
「俺たちは準備万端さ。まぁ、殆どコイツしか仕事してないけどな」と箕田は高木の肩を軽く小突く。
「ずるいよ。僕ばっかり」と高木は抗議するが、「グダグダ言うな」と真久部はメロンパンを高木の傍に置いた。「ありがとう」と喜々として言い、メロンパンを頬張る。
「でさ、津島の父親のパソコンからこんなものが見つかったんだよ」と言い、高木はパソコンを真珠に見せた。画像を見せた途端、真珠は顔を顰めた。
「気持ち悪いわね。そんなの見せないで」
「そんな事言われても…」
「まぁ良いじゃねぇか。後はコイツを退学させるだけだからな」
その頃、勝端は木春菊を訪れていた。出迎えたのは出水だ。
「久しぶりだな」
「あら、からかってるの?私は何度も会っている気がするけど」と言い、チョコ棒を差し出す。
「110円」
勝端は出水に110円を手渡した。
「ねぇ、あの秘密はまだ知られてないわよね」
「ああ、だが勘の鋭い真珠ちゃんの事だ。いずれは暴かれる」
出水はそう言いながら、ココアシガレットを口に咥える。その姿を見て勝端は微笑んだ。
「またそんな事してカッコつけちゃって」
「悪いか。これが俺のリラックス方法だからな」と言い、大きく息を吐く。
「真珠ちゃん、あの時の傷は癒えたかしら」
「さあな。彼女の心の傷は一生消えない。3年前に起きたあの事件、悪意に塗れた人間のせいで彼女は心を閉ざした」
出水は自分を悔やむような声をあげる。
「彼女がもし悪意に染まったとしたら、それを止めてあげるのが私たちの役目」
そう言いながら勝端は腕時計に目を見やる。
「もう時間だから失礼するわ」
勝端は店を出て行った。出水は再びココアシガレットを口に咥え、腕を組む。
翌日、授業後の2-Aの教室はやたら騒がしかった。
「よくああいうような態度が取れるな」
「教師なんて何にも怖くねぇさ。何たって俺には父親が盾でついているんだからな」
するとその時、教室のドアが乱雑に開けられた。そこに立っていたのは真珠と箕田だった。
「お、お、お前ら…!何でここに!」
先ほどの余裕とは打って変わって津島は狼狽えている。
「教師は怖くないのに、私たちは怖いのね」
「お前が盾にしていたパパはもう失脚済みだ。この書類に目を通しな」と言い紙を投げつけた。その紙を見た津島は驚いている。
「そ、そんな…」
「校内全域にアナウンスしてやろうか?お前のパパが変態だったって事もな」
真珠は机の下にあった盗聴器を回収し、津島に見せつけた。
「今までの会話、全部聞いていたから」
「ふざけんなよ!こんな事をして――」
突然、スピーカーから声が聞こえた。それは紛れもなく津島の声である。
「やめろ!今すぐその音声を消せよ!」
そう啖呵を切って津島はいきなり真珠に向かって殴りかかって来た。しかし箕田がその腕を取って捩り上げた。
「この女、見縊らない方が身のためだぞ」と言いさらに力を強め、真珠に目で合図を送る。真珠は踵全体を使って津島の足のつま先を踏みつけた。その痛みに津島は悶絶する。そして箕田は津島の腹に思いきりパンチを食らわせた。
「だから言っただろう。見縊ったらいけないってな」
津島を投げ飛ばし、見下ろすように言った。真珠は懐から紙を取り出す。まるで印籠を見せつけるかのように退学届を突き付けた。
「貴方の学校生活はここでピリオドです」
真珠は机に退学届を置いて箕田と共に去って行った。
校長室で鮮見は1人書類を眺めていた。それは真珠に関するものだ。すると扉がノックされ、1人の男が入ってきた。教頭の乙霧草一である。
「聞きましたか。またしても退学者が出たそうです」
「そうですか」
「このままじゃ、この学校の面目に関わります。これ以上――」
「よろしいのではないでしょうか」
鮮見は乙霧の話を強引に遮った。さらにこう続けた。
「風紀を乱した者がいたという事実。そして悪い生徒が退学する。それの何がいけないのでしょう。簡単な事です」
乙霧は何も言い返す事が出来なかった。
「席を外してもらえますでしょうか」
「はい」
乙霧はその場を去って行った。鮮見はポケットから1枚の写真を取り出す。それは赤ちゃんの写真だ。
真珠は放課後1人で生徒会室にいた。今回の一件に関する書類を作成している。そこにやって来たのは箕田だった。
「まだいたのか」
「そうよ。事後処理して校長に報告するのは大概私。そろそろ変わって欲しいわ」
「お断りしておくぜ」
箕田は近くの椅子に座り紙パックの牛乳を飲み干す。そして大きな欠伸をした。
「気になることがある。俺たちが何故、校長の推薦を受けて生徒会に任命されたのか。俺たちの過去も何故か知っていた」
「…」
「真珠、何か知っている事があるんじゃないのか?」
「…知らないわよ」
2人の間を微妙な空気が流れていた。
伝次はただ1人、3年前の事件に関連した新聞記事を眺めていた。その記事は真珠が被害者になった事件である。伝次は当時、検事としてこの事件に関わっていた。伝次はその新聞記事を握り潰し、天井を見上げていた。
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