高所恐怖症

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 そいつは、とにかく高い所が苦手だった。  クラスでつるんでる友達の一人で、特に目立ったところのない印象の薄い奴だが、とにもかくにも高い所が苦手で、教室の窓際に寄ることさえ毛嫌いするような奴だ。  理由を聞いても、『苦手』の一点張りだが、恐怖症というのはだいたいそんなものだろうから、周りも深く追及したりはしなかった。  でもある時、みんなで出かけたテーマパークにある一番高い建物のエレベーターに、そいつが乗ってしまったんだ。  運の悪いことにエレベーターは直通で、一階と最上階にしか止まらない。  外なんか見えないけれど、エレベーターが動き出した途端、そいつの顔色は真っ青になった。  上に向かってる。もうそれだけでダメらしい。   吐いたり気絶したりするんじゃないかと、隣で様子を窺っていたら、エレベーターの一番奥にしゃがみ込んだそいつは何やらぼそぼそとつぶやいた。  その直後、エレベーターが最上階に到着し、付き添う形になっていた俺とそいつは、そのまま一階へと逆戻りした。  他の面々が戻って来るのを下で待っていたが、さっきの言葉が頭の中で渦を巻いて、俺はかなり気が気じゃなかった。 「高い所になんて行きたくない。上に上がらないでくれ。…天国が近くなる。見つかったら連れて行かれる。だから上るな。上に行くな」  あの言葉はどういう意味だ?  あれじゃまるで、こいつはもう死んでるみたいな口ぶりじゃないか。  でもそんな筈はない。だってこいつはずっと俺達と一緒にいた仲間で…あれ? 俺、いつこいつと出会ったんだろう。  学年が上がって新しいクラスになった時…? もっと前? いや、後?  記憶が定まらない。そんな俺の横で、一緒にエレベーターを降りた奴は、まだ真っ青な顔で震えている。  みんなと合流したら、今俺が抱いた疑問は消えていくのだろうか。この、高い所が大の苦手な奴は、さっきの言葉などなかったものとして、当たり前のように友達の一人にカウントされる存在になるのだろうか。 「おーい」  仲間達が戻って来た。その顔を見て声を聞いた途端、さっき聞いた隣に座る存在の言葉が薄れていった。  ええと、エレベーター内で、俺は何か聞いたような…。  高い所を怖がるその理由を知ったような…。 「外も見えないエレベーターもダメなのかよ。お前って本当に、高い所が苦手だよな」  当たり前のような会話。俺もそいつもま周りも、そんなふうに話すのが当たり前の関係。  俺、さっき何考えてたっけ? ああ、高いことが苦手って不便だなとか、多分そういうことを考えてたんだろうな。 「もう、平気だから」  今の今まで震えてた奴が立ち上がった。もう、顔色も様子も元通りだ。  友達みんなで遊びに来た。次はこいつのために、うっかり高い所に向かうようなことなく今日を過ごそう。 高所恐怖症…完
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