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渋滞さえ捕まらなければ十分以内に到着する。
一哉の運転する車は、大通りを縫うように車線変更しながら、結人のもとへと急いだ。
フロントガラス越しに五階建てのビルディング会社が見える。丸井の東京支社だ。正面玄関から数メートル手前にちょうど路上パーキングがあった。一哉はそこに車を停めた。
「――なぁ、ええやん。橘さん、今日ぐらい付き合ってぇな」
「――⁉」
運転席から降りたタイミングで菅原の声が耳を突いた。
「申し訳ないんですが、今夜は早く帰らないといけなくて……」
やんわりと誘いを断って結人が微笑む。
しかし、菅原は引かなかった。
「なんでなーん? あ、そうか。今日はホワイトデーか。なんや橘さん、彼女とかおるん?」
「いえ……それは、その……っ」
照れたように顔を伏せる結人に菅原が距離を縮めた。
「橘さん、睫毛長いねんなぁ。女の子みたいやなぁ……」
しかも頬に吐息が触れるところまで、顔を覗き込んでいる。あと数センチで唇が掠れてしまうほど近かった。
「っ、あの……あっ!」
さすがに驚いて、後退ろうとした結人の片腕を菅原が掴んだ。
「それに手もしなやかで綺麗やし、肌も白いし……ええなぁ。唇も花びらみたいに、可愛らしいし……」
「す、菅原さん……?」
大きな手が結人の頬に触れた。
(あの、クソ男……!)
そんな光景を目の前に、一哉のなかで何かが切れた。
「――結人っ!」
大股で駆け寄って二人の間に割って入ると、結人の身体を背で覆うようにして隠した。
「うわっ、大槻さん⁉ なんであんたが、こんな所におんねん!」
「か、一哉……⁉」
突然の登場に菅原が飛び上がる。後ろにいる結人も驚き声を発していた。
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