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「ほな、大槻さん、また明日な。橘さんに優しくしたってな」
一哉は何も返さなかった。スラックスに両手を突っ込んで去っていく菅原の背を、ただ無言で睨みつけた。
「ごめん、一哉。遅くなってしまって……書類が通らないと何も進まないって言うから」
結人が謝りを入れてきた。
違う。詫びるところはそこじゃない。苛立ちを抑え切れずに一哉は尋ねた。
「……菅原と連絡先を交換したのか?」
「え? ああ、うん。今後やり取りする事もあるだろうって菅原さんが……」
あれだけモーションをかけられて、どうして警戒しないのか。その無防備さにも怒りすら感じたが、一哉は堪えた。結人に感情をぶつけるのはお門違いだからだ。
彼は続ける。
「それに、来月から津島の担当になりそうで……菅原さんの部署とのやり取りが増えそうなんだ」
「担当は先輩じゃないのか? それにお前は営業事務だろう」
彼の基本的な仕事は営業員をサポートすることだ。現場に同行する機会は少ないはずだ。
「そうなんだけど、支社長に任せたいって言われて……先輩は違う部署を担当するんだって」
「……………」
どうしてこんな展開になる。
一哉は黙りこくった。怒りや焦り、不愉快さが混じった感情が沸々と湧いてきた。表情から察したのだろう。結人が諭すように語りかけた。
「大丈夫だよ。菅原さん、あんな風に言ってたけど、俺に変な感情はないよ。だって、好きな人がいるって言っていたし」
「……どこにそんな確証があるんだ?」
自分でも驚くほど低い声を一哉は放った。大人げないとはわかっていても、抑えが効かなかった。
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