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『あの女は人を幸せにしようだなんて絶対に考えませんし、まともなおまじないを広めるはずもありません。そして、どんな魔法にも対価は必ずつきものです。そのおまじないが何故、“幸殺し”だなんて呼ばれているかわかりますか?……文字通り、幸せを殺すからですよ』
「……くっだんないわ」
ふん、と鼻を鳴らした未散。
「何が“幸せを殺す”、よ。殺された幸せは私じゃなくて、あいつ……」
言いながら、コンロの火を止めようとした、その時だった。
『キャハハ……!』
「え」
炎の中から、甲高い女性の笑い声のようなものが聞こえた気がした。次の瞬間。
「きゃあ!」
炎が、ばちりと大きく爆ぜた。火の粉が未散の指に飛んで来たのである。痛みに慌てて手を引っ込めると、左手の指が真っ赤になっていた。早く冷やさなければ、と思ったところでまさに冷水を浴びせられたような気分になる。
左手の、指。自分が最初に、瞳に傷をつけた場所であるのは、偶然なのだろうか。
「な」
考える時間は、与えられなかった。炎は大きく噴き上がると、次の瞬間マグマのようにどろりと解けて未散に襲いかかってきたのである。赤い炎の化け物がコンロからゆっくり立ち上がり、飛び散った火の粉が未散の額を焼き焦がした。
さらにその巨大な手で、右足を乱暴に掴む。じゅ、と肉の焦げる音。生きながら額と足を焼かれる激痛に未散は悲鳴を上げながら逃れようと必死でもがく。
「ぎゃあああ!熱い熱い熱い熱い!な、何よこれ、何これええええ!?」
だが、相手は炎。いくら振りほどこうとしても、未散の手が焼けるばかりで剥がれる様子はない。とにかく水場へ、と蛇口のある方向へ移動しようとするも、炎の手にがっしり掴まれていては身動き一つ取ることもできない。
そうこうしているうちにも炎はどんどん未散の右足を真っ黒に焼き焦がしていく。あまりの激痛に、未散はショック症状を始めてぶくぶくと泡を吹いた。心臓も痛いような気がする、と思った瞬間火の粉が左の乳房の方に飛んできてさらに絶叫することになる。脂肪が大量に詰まった女性の胸は、それはそれは景気よく燃えていった。
――何で、何で、何が起きてるの。何で、私がこんな、こんな目にぃ……!?
最後に見たものは、炎の化け物がその手を大きく振り上げる姿。
まさか、と思った次の瞬間――化け物はその燃え盛る手で、未散の股間を思い切り殴りつけていたのである。局部が焼ける凄まじい痛み、熱、恐怖。ぐるん、とひっくり返った視界で、未散は断末魔のような悲鳴を上げた。
「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
そして。
長い長い苦痛の後、世界はぶつん、と音を立てて途切れたのである。
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