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「おはよう、みんなー!」
お、来た来た。教室に元気よく登校してきた瞳を見て、猪瀬ミカはすぐに立ち上って駆け寄った。
「おはよう、瞳ちゃん!ねえねえ、海斗君と付き合い始めたってほんと?ほんと?」
ミーハーなフリをして尋ねれば、男勝りの彼女の顔がぽっと赤くなる。可愛いところもあるもんだ、とミカは思わずにやにやしてしまった。声が聞こえたのだろう、教室の隅の方に立っていた海斗が露骨に顔を逸らしている。こちらを見ていなくても耳が赤くなっているので、照れているのはバレバレなのだが。
「い、いやその、付き合うというかなんというか。と、友達から始めてもいいかなと言っただけであってだな……」
「それを付き合い始めたと言うんですー!ねえナアちゃん?」
「そうそう、ほんとそれ!」
「おおおお、お前らなあ!」
赤くなった瞳を、友人と一緒につんつんとつつきまくる。――彼女は何も、覚えてなどいないだろう。隣の“ナアちゃん”もだ。瞳も海斗も大怪我をして入院していた、そのはずだった、なんてことは全て。
白雪姫の眠りは、彼女が毒りんごを吐き出せば夢から覚める。呪いが解ければ、全て当然のごとく元通りになるものであるのだから。
「わ、私のことはいいんだよ!それよりもさ!」
話を逸らすように、瞳は言った。否、彼女の性格からすればそれも本心だろう。
「井口さん、大丈夫か?家が火事になって……大火傷して入院したって聞いたんだけど」
全く、お人好しにも程があるというものだ。他のクラスメートはみんな、未散が瞳に嫌がらせをしていたことを知っているのに、彼女だけがそれに気づいていないのだから。
「もう、戻って来れないかもね」
ミカは笑顔を作って言う。
そう、戻ってくることはないだろう。未散が瞳と海斗に化した呪いは全て、人形を焼き捨てると同時に未散本人に返る。最初から、そういう呪いであったのだから。
幸殺し。その本当の意味に気づくことさえなかった者の末路の、なんともあっけないことか。
「残念だけど、仕方ない。きっと、そういう運命だったんだよ」
楽しい喜劇、ごちそうさま。
猪瀬ミカ――否、災禍の魔女は心の中で呟き、こっそりと舌なめずりをしたのだった。
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