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銀との生活
一郎の身に付ける物は、殆ど母親が買ってくれていた。
病院の跡取り息子にふさわしい格好をしないと、と言うのが
母親の口癖で、洋服やバック等もすべてブランド品だった。
葵は、そういう物には疎かったが、手入れはしっかりしていたので
どの品も、葵が思っていたより、高い値段で買い取ってくれた。
中でも、一番高かったのは、限定品だと言う時計だった。
次いで、バック、カシミヤのコート等が高かった。
一郎が買ってくれた、ダイヤの指輪や、ネックレスも売ったので
合計は、100万を超えた「こんなに?」葵は、今迄の生活は
自分が思っていたより、はるかに贅沢な物に囲まれていたのだと知った。
その店で、銀の洋服、数枚と二足の靴を買った。
一郎の靴は、銀の足には、0,5サイズ大きかった。
「この靴なら、ぴったりでしょ」銀に履かせて、そう聞くと
「はい、前のより、もっと歩きやすいです」銀は、嬉しそうに言った。
銀が脱いだ一郎の服と靴も、そのまま、その店に売り
リサイクルショップを出た二人は、地下鉄に乗った。
「葵様、これは道の下に行くのでは?」地下への階段を下りながら
銀は、不安そうな声で聞く。
「そうよ、地下の電車に乗るの」「地下の電車?」
「ええ、行けば分かるわ、百聞は一見に如かずよ」
義治と暮らしていた葵は、時々こんな古い言葉を使う。
銀は、まるでお祭りの時の様な、大勢の人に驚きながらも
葵に買って貰った、服と靴が入っている紙袋を、大事そうに持って
葵が、切符を買う販売機に、目を奪われていた。
勝手に、開いたり閉じたりする、改札と言う所を通る時も
まるで手妻の様だと驚き「銀、早く、後ろの人がつかえちゃうわ」と
葵に急かされてしまった。
行き交う人は、皆、せかせかと急ぎ足で歩いている。
もう一つの階段を下りながら「私も、早歩きは得意なんですが
ここの人達は、皆、歩くのが早いですね」聞き慣れない雑踏の騒めきと
駅、独特の色々な音に気を取られながら、銀は、葵にそう言ったが
ゴォーッと迫って来る、大きな音にかき消されてしまった。
「あ、丁度、電車が来たわ」「こ、これが、電車、、」目の前に停まった
巨大な長い箱、プシューッと言う音と共に、ドアが開き
ぞろぞろと人が出て来る、いったい何人乗っているんだ
そう思っている銀の手を掴み「早く乗って、ドアが閉まっちゃう」
葵が、銀を電車の中に引っ張り込んだ、途端に、プシューッと
ドアが閉まり、閉まった瞬間には、もう動き出して、銀はよろめいた。
「ここを持って」葵が、銀の耳元で、小声で言う。
「はい」銀は、傍の金属の柱をしっかり持って、体のバランスをとった。
ドアの外は、壁の様な物が見えるだけで、それが飛ぶように過去って行く
早い、早すぎる「次は、00~00~お出口は、右側となります」
誰かが、大きな声でそう言った。
電車は減速し、見えていた壁の前に、大勢の人が並んでいると思った時
プシューッと、ドアが開き「銀、降りるよ」葵が、また銀の手を掴んで
電車の外に出た、銀は、もっと電車の姿を見たかったが
後から来る人に押される形で、立ち止まる事は許されなかった。
階段を上がり、外に出る、太陽の光が眩しい。
「地下に、あんな大きな物が、走っているなんて」
「うふふ、驚いたでしょ、さぁ、これが信号よ」葵はそう言うと
信号の見方を説明し「ほら、青になったから、行くわよ」と
他の大勢の人と共に歩き出す。
横断歩道と言われる前で、ぴたりと停まっている、沢山の車。
どれか一台でも、間違って走り出したら、渡っている人は
どうなるのだろう、そう思うと、銀は怖かった。
暫く歩くと、車が沢山置かれている、広い場所と、二階建てだが
大きな建物の所へ着いた「ここは、私が良く来るスーパーと言う
普段の買い物をする所よ、ほら、あそこに見えるのが
私達のマンションよ」葵が指さす先には、20階建ての高い建物が見えた
「と、言う事は、行きはタクシーという物で行き、電車で帰って来た
と言う事ですね」「そうよ、行きは、荷物が多かったからね。
さぁ、買い物をしましょう」そう言って入った所は、葵の家の何倍もある
広い広い場所で、珍しい野菜や果物が山の様に並んでいた。
「まず、二階の百均に行こう」
葵はそう言うと、エレベーターで二階に行った。
「ヒャッキンとは?」「百円で買える品物を、売っている、お店よ」
葵はそう言ったが、銀には百円が、どれ位の価値なのか
まるで、分からなかった。
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