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葵は、朝早く起きて、おにぎりを沢山作り、大きな密閉容器に詰め
玉子焼きや、鶏のから揚げ、ウィンナー、かまぼこ、インゲンの胡麻和え
牛蒡と人参のきんぴらなどを作り、彩りも鮮やかなおかずも
密閉容器に詰めて、お弁当を作った。
食べ物は、出先で、いくらでも買えると思ったが
銀に、お弁当と言う物を食べさせたかった。
それに、うまく会えたら、兄者と言う銀の兄にも
食べさえてやれるかも知れない、そんな気持ちも有ったが
これでは、二人で食べるしかない。
「さぁ、マスクを外してここへ入れて」そう言われた銀は
着替えの入ったバックと、弁当やお絞り、水筒の入った大きな袋を
足元に置き、マスクを外して、葵が差し出したビニール袋に入れた。
そして、もう一つの切り株に、腰を下ろそうとして「んっ?」と
切り株の後ろを覗き込んだ、そこには、半分土に埋まっている
苔だらけの、石の祠が有った。
「もしかして」銀は、手で祠の中の苔を掻き出し「やっぱり!!」と
顔を綻ばせた「なぁに?」葵も覗き込む。
「葵様、兄者です、兄者が居ました」「ええっ、兄者が?」
「はい、この通り」頬を紅潮させた銀が、苔の中から出て来た
小判くらいの大きさの石を見せ「袋は、既に残っていませんね」と言った
その石は、葵も一度、お守り袋を開けて見た事が有る石と同じだった。
「葵様、兄者を呼び出して下さい」「呼び出すって、私で良いの?
兄者は、跡取りの若君の守役でしょ」「はい、ですが、岩倉の血を引く
葵様なら、大丈夫です、それは、我が者なりと呼んで下さい」
「分かった」葵は、辺りを見回し、誰も居ない事を確認すると
姿勢を正し「それは、我が者なり」と、大きく叫んだ。
銀の時と同じ様に、白い煙の様な物が湧き、その中から
銀にそっくりの男が、出て来た。
着ている物は、白装束で、まるで神社の神主様のような格好だった。
「兄者!!」銀は、その男に抱きついた。
「銀では無いか、久しいな~」驚きの顔で、そう言った兄は
葵の方を振り向き「私を呼び出したのは、姫様ですか?
世継ぎは、姫様になったのですか?」と、聞いた。
「そうじゃないんだ」銀は、手短に、事の次第を告げた。
「何と、依り代を失うとは、大失態では無いか」そう言う兄に
「すみません、私が悪いのです、銀の所為では無いのです」
葵がそう言うと「話を聞く限りでは、姫様の所為でも有りませんね」
金は、優しい声で言い、銀や葵の服装や、木立の向こうに見える
駐車場や、建物を見て「随分世界が変わっておるな~かなり長い事
眠っていた様だ」と、呟いた。
「そうなんだ、もう岩倉のお屋敷も、跡形も無い」
「そうか、私が呼ばれなかったと言う事は、あのまま世継ぎが決まらず
本家は、耐えてしまったと言う事だな」そう言った、金のお腹が
ぐぅ~っと鳴った「これは、失礼を」
「あら、やっぱりこの世に出て來ると、お腹が空くのね
私達も、丁度お弁当を食べる所だったの、一緒に食べましょう」
葵はそう言って、おしぼりを二人に渡した。
「これは?」「兄者、手を清める物だよ」銀は、手を拭いて見せる。
葵が、密閉容器の蓋を開けると「おおっ、何とも旨そうな匂いが」
金のお腹は、ますます大きく鳴った。
「これが鮭で、これはおかかと塩昆布、こっちは紫蘇と梅干を
刻んで混ぜたおにぎりよ、好きな物をどうぞ」
「頂きます」金は一口食べ「旨いっ、何と旨い握り飯なんだ」
そう言うと、もう夢中で頬張り、喉に詰めて胸をドンドン叩く。
「兄者、そんなに急がなくても」銀が、水筒のお茶を
コップに入れて、金に渡す、ごくごく飲んで、ふぅ~っと息を整え
また次のおにぎりに手を伸ばす。
「おかずも食べてね」葵が、おかずの入った容器と箸を
金の膝に置く「これは、何ですか?」と、聞きながら
おかずも綺麗に平らげた金は、やっと落ち着き、話を始めた。
「私が、最後にお仕えしていた若君は
まだ婚礼も挙げぬ若さで亡くなられました。
その後、誰が岩倉の家を継ぐか、親戚を集めて
協議する事になったのですが、親戚は、あちこちの地方に居られて
集まるだけでも、大きな日数が掛かり、皆が揃った所で協議しても
なかなか決まらないだろうと、私は、取りあえず、石に戻って
新しい当主様からの呼び出しを待っていたのですが
とうとう今日まで、誰も呼び出してはくれなかったのです」
「そうだったの」「岩倉家を継ぐと言う事は、帝の影を祓わなくては
なりません、そんな強い力を持った者は
親族の中には、居なかったんでしょうね」金は、そう言った。
「それは、何時の事?」葵の問に
「私には、つい昨日のように思われますが、天将10年の事でした」
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