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「天正?」天正が、何時頃なのか、歴史が苦手だった葵には
分からなかった。
「葵様、その年でしたら、本能寺の変が有って
信長様が、亡くなられた年ですよ」銀がそう教えると
「なにっ、信長公が亡くなったと?」金は、意外そうな顔をした。
「はい、明智様に討たれました」「何と、人の定めとは
分らぬものじゃなぁ」金は、しみじみとした声で言った。
そして銀が「兄者の石を貸して欲しい」と、頼むと
「良いとも、もはや私には、守るべき主は居ない。
この石は、お前に譲ろう、私は、元の石に戻って
お前の帰りを待つ事にするよ」と、言った。
「では、二子山へ帰りましょう」「二子山って、どこに有るの?」
葵がそう聞くと「日枝様の、足元に有ります」と、金が答えた。
「日枝様?」「葵様、日枝とは比叡山の事です、比叡山の傍なんです」
銀がそう言うので、葵は、スマホで比叡山近くの地図を見て
「ここら辺?」と、聞く。
「はい、ここまで行けば、もう山は見えます」スマホを覗く銀の後ろから
金も覗き込み、いったいこれは何だろうと、首を傾げる。
「兄者、これはスマホと言って、色々な情報が詰まっている
凄い道具なんだ」と、説明しながら、銀はバックを開け
中の着替えを取り出して「兄者、今の着物に着替えてくれ」と、言った。
「これでは、駄目なのか?」「はい、今は、そんな装束を着ている者は
祭事を行う、神主様くらいですから」「仕方ないな」と、言いながらも
金は、今の時代の服を着る事に、大いに興味が有る様で
さっさと着替えたものの、靴が無いので
足元は草鞋履きと言う、変な格好になってしまった。
「葵様、どうしましょう、これでは、人目に立ちますね」銀が心配する
「大丈夫、任せて、それより、マスクを付けなくっちゃ」
葵は、バックの中から新しく二枚のマスクを取り出し、二人に付けさせた
「これは」「兄者、これは我々が、今の時代の病にかからぬ為の物です」
また、銀が説明する。
「ここで待ってて、タクシーを呼んでくるから」「分かりました」
葵は、二人を残し、タクシーを拾って来ると、待っていた二人を乗せ
「靴を買いたいんです、近くに有るかしら?」と、運転手に聞いた。
とても親切な運転手は、直ぐに近くの靴屋に連れて行ってくれた。
「直ぐ買って来ますから、このまま待っていて下さい」葵がそう頼むと
「良いですとも、ゆっくりで結構ですよ」運転手は、優しく言ってくれた
金と銀は、顔だけじゃ無く、体型もまるっきり同じだ。
サイズは、銀と同じに違いない、葵は、銀と同じサイズの靴を買い
「お待たせしました」と、駅に向かう事を、告げる。
車内で、靴に履き替えた金は、タクシーを降りると
嬉しそうに足元を見たが「銀、ここは何だ?土が全く無いな~」と
不思議そうな顔をした、銀が説明しようとした時
「はい、二人の切符よ、さぁ、行きましょう」葵が、切符を二人に渡し
改札口に向かった「この紙切れは何だ?」「兄者、早くここへ入れて」
「ここか?」「早く、その先へ行って」「おお、忙しいのう」
初めて電車に乗った時の、銀と同じ反応をする金に
銀が、細々と教えながらホームまで行き、入って来た電車に乗せる。
「人も多すぎるし、騒がしすぎるな~」金は、マスクの中の目を
きょろきょろさせながら、電車の速さに「信じられぬ」と
飛んで行く景色に、目を奪われていた。
一度乗り換え、着いた駅は小さな無人駅で、乗る人も無く
降りたのは、葵たち、三人だけだった。
「この道を、真っすぐ行くと、清川村に行くんだって」
駅の前で、葵がそう言い「では、歩きましょう、清川村は
二子山の山裾の村です、その二子山は、もう見えております、ほら」
二人は、懐かしそうに、あまり高くない山を指差した。
「あ、あの山がそうなの?綺麗な山だね」葵も、そう言いながら
てくてくと歩く。
道の両側は、田んぼや畑が有ったが、その中に
すっかり荒れた、元は田んぼらしき場所も、多かった。
進んでいくと、ぽつぽつと家も有ったが、誰とも出会わない。
三人は、小さな川に沿って、山へと歩き、登山口に着いた。
「あれっ、神社が有る」「本当だ、昔は無かったのに」
金と銀は、その神社を見て「双子岩神社だって」
「我々を祀ってくれているのか?」と、顔を見合わせた後
その神社の右手の崖の上を見て「うわぁ~」「何とした事だっ」と
ひきつった顔をして叫んだ。
崖が崩れない様に、コンクリートが吹きつけられている、その崖の上を
二人は、震える指で指していた。
「どうしたの?」「石が、我々の石が、有りませぬ」
「ええっ、どうして?」二人は、それには答えず
コンクリートが吹きつけられていない所を登って
その崖の上まで行ったが、そこには、何も無かった。
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