銀との生活

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周りに人が居ないのを確かめた二人は、マスクを外して 葵が作ってくれた弁当に、舌鼓を打つ。 「美味しいですね~」「うん、葵様の作る料理は、どれも美味だな」 二人は、美味しい弁当を食べて、落ち込んでいた気持ちも どこかへ行った様で、すっかり明るい顔になって また、元気に自転車に乗った。 二人がマンションの近くまで帰りついた時は、もう、日が傾き始めていた さすがに疲れて、ゆっくり自転車を漕いでいると 「あ、兄者、葵様だ」「本当だ、スーパーからの帰りの様だな」 目が良い二人は、結構遠くの、葵の姿を見つける事が出来たのだが 「何だ?あの男」「誰だろう?」その葵の後を付けている様な 怪しい動きをする男の姿を見つけた。 二人も、こっそり怪しい男の後をつけ、自転車置き場に自転車を置き エレベーター乗り場へ行くと その男は、上がって行くエレベーターの階を見ていた 葵が、そのエレベーターに乗っているのは、明らかだった。 「20階か」ぽつりと男が、呟く声も、聞き逃さなかった。 やっぱり後を付けて来たのだ、二人は、男の両側から 男の腕を掴み、そのままエレベーターに連れ込んだ。 「な、何をするんだっ」男は、逃れようとしたが 両側から、がっちり掴まれていて、なす術が無かった。 「どうしたの?その人は?」二人が、知らない男を連れて帰って来たので 葵は、驚いて聞いた。 「この男が、葵の後を付けていたんです」二人は、人前では 葵様と言わず、葵と言う様にしていた。 椅子に座らされ、二人に両肩を押さえられている男は 「違う、そんな事はしていない」と、引きつった顔で言ったが 目が泳ぎ、真面に葵の顔さえ見られない。 その男を、じっと見ていた葵は「貴方、〇✕製薬の人ね」と、言った。 男は、はっとして、たちまち青い顔になった。 男のスーツの襟に、その会社のマークがついたバッチが有った。 普通の人なら分からないだろうが、病院で事務をしていた葵は 良く知っていた、だが、そんな会社が、葵を調べる筈は無い。 「何で私を?誰に頼まれたの?」しかし男は、首を振って答えない。 「言わないかっ」二人が、腕をねじる「痛いっ」男は悲鳴を上げた。 葵は、そんな二人を止め「言えないって言う事は、上司か 断れない、取引先に頼まれたって事ね」葵の言葉は、図星だった様で 男は、今度は真っ赤な顔になった。 まさかと思ったが「篠原病院?」と、一郎の病院の名前を出すと それも当たりだった様で、男は、ブルブルと小さく震えた。 「おかしいわね~私の動向を探るなんて、いったい誰に頼まれたの?」 しかし、男は、また首を振った。 「頼んだ人が、その病院に居るのなら、探すのは簡単ですよ」 「そうですね、もうこの男には、用は無いです」と、金と銀が言う。 「警察に突き出しますか?」「このまま海に沈めた方が、後腐れ無くて 良いのでは?」二人の言葉を聞いた男は、真っ青になり 「言います、言いますから、警察や海は止めて下さい」と、助けを求めた 「私は、徳田と言います、結婚してまだ二年 来月は、子供も生まれるんです、どうか、どうか」と 椅子から滑り降りて、床に座り土下座した。 「可哀想に、貴方も断れなかったんでしょ、貴方が喋ったなんて 誰にも言わないから、安心して下さい」男は、葵の優しい言葉に 目を潤ませ「若奥様の、麗華様です」と、小さな声で言った。 「麗華さんって、一郎さんの?」「はい」「なんでまた」 一郎の妻になった麗華が、なぜ葵の動向を探るのか、さっぱり分からない 「実は」すっかり安心したのか、徳田は、事の次第を話し始めた。 麗華は、意中の男、一郎と結婚出来て有頂天だったが 新婚だと言うのに、一郎は、少しも嬉しそうでは無かった。 いつも、仕事が忙しいと言っては、遅く帰って来る。 手を掛けて作った夕食も、美味しそうに食べてくれない。 休日になって、どこかへ出かけようと誘っても 「疲れているんだ、一人で行って来たら」と、素っ気ない。 おかしいと思って、病院内の噂を聞くと、どうやら一郎には 結婚前に、一緒に暮らしていた人が居たらしい。 もしかしたら、まだその女と付き合っているんじゃないか そう思って、徳田に調べる様に、命じたのだと言う。 「まぁ、そうだったの、確かに結婚する前は、付き合っていたけど きっぱり別れて、それからは、一度も会っていないし 連絡も取っていないわ」「とんだ濡れ衣ですね」金が、そう言った。 「本当にそうね、その事は、一緒に暮らしている、この二人が 証明してくれるわ」と言う葵に「この方たちは?」と、徳田が聞く。 「私の、親戚みたいな間柄の人よ、故郷から東京に出て来て 私を頼って来たの、私も、一人住まいは物騒だから、用心棒代わりにって 一緒に住む事にしたのよ」「そうでしたか」 確かにこの二人なら、用心棒には打って付けだ、徳田はそう思った。 「私、来月から仕事に復帰するの、貴方が見た儘を報告して 麗華さんに、心配は要らないって、伝えてくれる?」「分かりました」 葵が、もう一郎の事は忘れて、新しい生活を始めている事は 徳田にも、よく分かった。
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