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そんな朝比奈は、若いけれど、どことなく義治に似ていると
葵は思っていた。
翌日から、葵は、朝比奈の為に弁当を二つ作り、持って行った。
朝比奈は、毎日、その弁当を旨そうに頬ばった。
病院には、小さいけれど職員の為の食堂が有り
売店には、沢山の弁当も並んでいるし、売店横のカフェには
日替わり定食も有る、病院の傍には、レストランや食堂も有るので
弁当を持って来るのは、葵くらいだった。
その日も、売店で買って来た弁当を、葵の隣で食べている若い事務員が
「朝比奈先生、また宮田さんの弁当を、貰うつもりなんですか?」と
やってきた朝比奈に言う。
「あはは、そうだよ~」「食堂でも、売店でも、食べる物は多いのに?」
「そうなんだけど、独り身だからね~昼も夜も外食だから
こんな手作り弁当って、憧れていたんだよ」そう言いながら
もう、鶏のから揚げを口に入れ「美味しいなぁ~店で売っているのとは
一味違うよ」と、笑顔になる。
「だったら、早くお嫁さんを貰っちゃえば良いでしょ」
若い子の言葉に「そうなんだけど、俺みたいな所に
来てくれる人なんかいないよ」「でしょうね~私でもお断りです」
若い子の、遠慮ない言葉にも
「やっぱり?参ったな~これじゃ一生独身かな」そう言いながら
「ご馳走様」と、葵に手を挙げて、去って行った。
「朝比奈先生は、お断りって、どういう事?」葵が聞くと
「あれ?宮田さん、知らなかったんですか?朝比奈先生は
誰も行きたがらない、僻地の病院ばかりで働く人なんですよ。
結婚相手にはなりません」「まぁ、そうなの」
葵は、朝比奈が、なぜ義治に似ていると感じたのか、分かった気がした。
義治も、内科医だったが、眼科や耳鼻科、外科の患者も診ていた。
何しろ、医者は一人しかいない。
どんな患者にも、対応しなければならない、その苦労と努力は
傍で見ていて、良く知っていた。
若いのに、偉いわ~葵は、好意と共に、尊敬する気持ちも生まれた。
数日後、帰り支度をしている葵に
「宮田さん、ラーメン屋に行かない?」と、朝比奈が誘った。
「ラーメンですか?」「うん、いつもお弁当を作って貰っていたから」
朝比奈がそう言うと「先生、女性を食事に誘うのに、ラーメン屋だなんて
あんまりです」と、隣りにいた若い子が、信じられ無いと言う顔をした。
「えっ、そうなの?美味しいんだけどな~」朝比奈は、頭を搔き
「他に、美味しいお店って、知らないんだよな~」と、言う。
葵は、くすくす笑って
「先生、私、ラーメン大好きですから嬉しいです」と、助け舟を出した。
「そう?良かった~」朝比奈は、ほっとした顔になって
「宮田さんは、優しいな~」と、にこにこする。
本当に優しいのは、朝比奈の笑顔だ、この笑顔を毎日見ていられたら
葵は、ふっとそう思ったが、何を考えているんだ
もう、医者はこりごりだと、金と銀に言ったでは無いかと打ち消した。
そのラーメン屋は、入ると「いらっしゃいませ」の代わりに
「お帰りなさい」と、迎えてくれる。
その人は、店長の奥さんだそうで「今日も、一日お疲れ様」
注文を聞く前に、店長も労ってくれる、アットホームな店だった。
「颯が、女性を連れて来るなんて、明日は、雨かな」と、店主が言う。
「こいつ、俺の幼馴染なんだ、一緒に医者になって
多くの人を助けようと言っていたのに、途中から、俺は
食で人を助けるなんて言い出して、ラーメン屋を始めちゃったんだよ」
朝比奈が、そう説明した。
朝比奈は、ラーメンと餃子、葵は、小盛のラーメンと
炊き込みご飯を注文した。
「このラーメン、本当に美味しいです、それに、この炊き込みご飯も
とっても美味しいですね」葵は、そう言いながら良く味わい
「美味しさの元は、何かしら?」と、聞いた。
「それは、企業秘密ですが、一つだけ教えましょう
何と、たっぷりの愛情で~す」店長は、お道化てそう言った。
「葵さん、こいつの話は、真面目に聞かないで下さい」そう言う朝比奈に
「はい、颯さん、これを持って帰って食べてね」と
店長の妻が、おにぎりにした炊き込みご飯を、密閉容器に詰めて渡す
「いつもすみません」朝比奈は、嬉しそうにバックに入れた。
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