別れ

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今の葵には、たとえ石の精霊であろうと、優しい目をして 傍に居てくれる人が居るのは、救いだった。 「ところで、葵様は何歳で御座いますか?」と、銀が聞く。 「27歳よ」「えっ、思ったより年増なんですね」思わずそう言って 銀は、慌てて口を押えた。 「ふふ、昔ならそうでも、今の女性は86歳が平均寿命だからね まだまだ、ひよっこなのよ」「は、86歳?」銀は吃驚して 「昔の倍も、長生きするのですか?」と、言った。 銀が最後に居た、江戸時代では、長生きする人も居たが 大抵は、30~50歳までの間に亡くなる人が多かったそうだ。 「そうなの?今では100歳を超えている人も、大勢いるわよ」 「人も、進化したんですね~」銀は、そう納得した様だ。 「銀は何歳なの?」「それが、私がいた石は、いつ生まれのか分りません 本当の年齢は分かりませんが、この世にいる時の姿は20歳位で 一応一人前の男と言う事になっていました」 「そうね、今でも、20歳位に見えるわ」「では、私も、ひよっこですね」 「そうだね~ひよっこ同士、仲良くしようね」と言う事で その日は、クローゼットの整理をして 一郎の洋服を全て、大きなビニールの手提げ袋に詰めた。 一郎が使っていた、バックや靴、時計なども片づけたので 袋は四つになった「これは?どこかへ持って行くのですか?」 出かけると聞いていた銀は、そう聞いた。 「今まで、一緒に暮らしていた人の物だけど もう要らないから、捨ててくれって言われたの」 そう聞いた銀は、目を丸くして 「ええっ?どれも継ぎ一つ当たっていない、新品の様なのに?」と言い 「江戸の人達は、着物が破れたら、継を当て 縫い直し縫い直しを繰り返して、最後まで着ます。 着られなくなった物は、小さい物に縫い直し どうにも継が当てられなくなったら、雑巾として使います」と、言った。 昔は、思っていた以上に、物を大切に使っていた様だ。 「昔の人は、物を大切にしていたのね」「はい、鍋や釜が破れても 直してくれる人が居ました」「今なら、直ぐ捨てちゃうわね 直してくれる人も居ないし」「これ、本当に捨てるのですか?」 「そんな事しないわ、まだ使えるのに捨てちゃったら 洋服が可哀想だもの」「では、どうなさるのですか?」 「リサイクルショップに持って行くのよ」「リサイク、、?」 「そう、早く言えば、古着屋ね」古着屋と聞いて 銀は、ぽんと手を打った「なるほど、その手が有りましたね」 物を大事にする江戸時代には、古着屋が沢山有って、繁盛していたと言う 葵は、銀に、一郎の普段着を着せた、背丈も同じ位だったので ぴったりで、良く似合った。 靴は、ジョギングに使っていた、スニーカーを履かせた。 「鼻緒が無いので、変な感じです」と、言いながらも 「見た目より、軽いですね」と、新しい物に兆戦できて、嬉しそうだった 「そうそう、これをして頂戴」葵は、銀にマスクを掛けさせた。 「これは、何ですか?」「マスクよ、今は、江戸時代の様に 綺麗な空気じゃないの、これをしていないと、免疫の無い銀は 病気を貰ったり、喉や鼻を痛めたりするわ」 石の精霊と言うなら、病気には、掛からないかも知れないが 身体は、まるっきり普通の人間なのだ、気を付けるに越した事は無い。 何より、この世の人では無い所為か、顔が、キラキラと美しすぎる。 人前に晒して、興味を持たれても困ると、思ったのだ。 「体は、至って丈夫ですが」「駄目駄目、インフルエンザや ノロウィルスに掛かったら、大変なのよ、銀は、保険証も無いんだし」 「保険証?」「後で、詳しく教えてあげるわ、さぁ、行きましょう」 葵もマスクをかけた、二人は、パンパンに膨らんでいる袋を、両手に下げ マンションの前に立った。 目の前を、次々と走り抜ける車に、銀の目は、大きく開きっぱなしだった 暫くすると、葵が手を上げ、タクシーが、目の前に停まり、ドアが開いた 銀は、びくっと体を震わせた。 運転手が、トランクを開け、降りて来て「お荷物、こちらへ」と 四つの袋を、トランクに積んでくれた。 初めて乗る車に、銀は、明らかに動揺していたが、マスクのお陰で 運転手には、それ程変に思われなかった。 「どこでも良いのですが、リサイクルショップ迄、お願いします」 葵の言葉に、さっきの荷物の中身を、ちらっと見ていた運転手は ブランド物を、高く買い取ってくれると言われている店に向かった。 銀は一言も発せず、窓の外に流れる、見た事の無い景色に見入っていた 家に帰ったら、きっと質問攻めだ、けれど、どんな事に興味を持ったのか それを知るのも楽しいわと、葵は思った。
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