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別れ
宮田葵は、喪服を着て故郷の小さな村にいた。
13歳で母を亡くし、天涯孤独な身の上になった葵を、我が子の様に
可愛がってくれた恩人、医師の八坂義治の葬儀に、出席していたのだ。
「こんなに急に逝ってしまうなんて、、」「全くだ、、」
葵だけでなく、村人全員が悲しみにくれた。
まだ40代の頃、妻を亡くした義治は、この村に小さな病院を建て
村人の病気を治してやっていたが、貧乏な人からは
治療費や、薬代は貰わなかった。
村人は、自分が作っている野菜や、果物、川で釣った魚など
治療費や、薬代の代わりに持って来る。
「先生、こんな物しか無くて」「ああ、良い大根だな、有難う」
義治は、誰にでも優しかった。
そして、嵐の中であろうと、夜中であろうと、病人が出ると
直ぐに駆け付けてくれる、村人たちには、掛け替えのない存在だった。
女手一つで、葵を育てていた母は、無理がたたって病気になり
義治の治療を受けていたが、葵の家も、義治に支払うお金は無かった。
「良いんだ、金の心配などせず、早く治す事だけ、考えるんだよ」
母の病は、もう治らないと知っていたが
義治は、いつも、そう言って励ましていた。
葵は、薬代の代わりに、何か持って行きたかったが、葵の家には
野菜も、果物も、魚も無かった。
考えた末に、学校の帰りに病院へ行き、やもめ暮らしで
掃除も行き届いていない、義治の部屋の掃除や、洗濯した白衣に
アイロンを掛けるなど、自分が出来る仕事を見つけては働いた。
そんな葵の健気さを、義治は目を細めて見ていた。
そして、葵が13歳になった時、母は、帰らぬ人となってしまった。
母は、最期だと知った時「御免ね葵、お前に残してやれる物は
これしか無いの、これはね、古い昔から伝わるお守りで
女の子の厄災を祓ってくれると言う、言い伝えが有るんだよ。
今までは、私が大事に持っていたけど
今日からは、お前のお守りだからね」そう言って
自分の首に掛けていた、古いお守りを、葵に渡した。
まだ、母の温もりが残る、そのお守りを握りしめた葵に
ちょっと微笑んだ母は「葵、幸せになってね」と言って、息を引き取った
一人ぼっちになった葵を、義治が引き取ると言い出したが
村の皆も、それが一番良いと賛成した。
葵を引き取って、育ててやる余裕は、どこの家でも無かったし
一人暮らしの義治の為にも、良いと思ったのだ。
葵は、今まで通り、掃除や洗濯をする他に、村人が持って来る
食材を使って、食事も作るようになった。
今日は、広げた網の上に何かを干している。
「葵、何をしているんだ?」「大根を沢山貰ったから
民婆に教えて貰って、干し大根にしているんです」
「そうか、干し大根の煮物は、旨いからな~」
「よね婆が、味噌を呉れたから、今日の魚は、味噌漬けにしました」
「酒が、旨くなりそうだね」晩酌に、一合の酒を、時間をかけて
ゆっくり飲むのが、義治の楽しみの一つだった。
夕食が済むと、葵が肩を揉んでくれるのも、嬉しい事だった。
一人ぼっち同士の二人は、ひっそりと寄り添って
穏やかな、楽しい毎日を送っていた。
中学を卒業したら、働こうと思っていた葵に
「高校だけは、出た方が良い」と、義治は、奨学金の手続きをして
高校へ行かせた、世話になっている上に、学費まで負担してやったら
葵が気にすると思ったのだ。
葵は、のびのびと高校生活を送り、義治の勧めで医療事務の資格を取り
東京の、大きな病院へ、就職できた。
葵は知らなかったが、義治が、古い友人に口添えを頼んでくれていた。
「先生、私が居なくなっても、ちゃんと、ご飯は食べてね」
「ああ、心配するな、葵の方こそ、都会の風に流されるなよ」
そう言って送り出したが、やっぱり寂しい生活になり
寝つきの悪さに、義治の酒量は、少し増えた。
葵は、母の月命日には、必ず帰って来る。
その日は、義治の喜びの日だった
「先生、元気にしてた?はい、お土産」
そう言って、美味しいと評判の酒を買って帰る。
久し振りに、楽しい食事をした後は、義治の肩を揉みながら
お互いの近況を報告し合う。
都会に出た葵は、帰って来る度に、あか抜けて美しくなって行った。
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