央人 よん

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央人 よん

俺はずるい。 莉子はたぶんしゅんのことが好きなんだと感じているのに、 手放してやれない。 触れられる距離に莉子がいたら、 自分の気持ちを優先してしまう。 莉子はよく言えば優しい。 悪く言えば流されやすい。 言い方は悪いがこんな普通の女に執着している俺も笑える。 しゅんに見せる莉子は完全に“恋する女”の姿だ。 しゅんもまんざらではないようだ。 けど俺の勘では2人はまだ“何もない”ように見える。 子どもじみた考えだけど、 莉子は俺に一度体を許しているし、 今日だって俺に付いてきた。 嫌がらずに家まで送ってくれた。 確かに少し酔いはした。 でも半分演技で莉子をまた(ここ)まで連れてきてしまう。 ほら見ろ。 何も疑わずすんなり俺の家へむかう。 莉子だって寂しいはずだし、 俺に甘えられたら気持ちも揺れるだろう。 でもそれって男として意識されてないってこと? それに体だけの関係を望んでいた良、 もししゅんとうまくいったらその時は、 莉子は俺を切るかもしれない。 莉子を試すようなことをしてしまう。 俺を選んでほしいと思うのに、 俺を送るとあっさりと背中を向ける莉子。 しゅんのところに戻るの? そんなことを考えて自然に体が動いてしまう。 玄関にいる莉子を逃がさないように、 追いかけて玄関のかぎをかける。 そのまま莉子を閉じ込める。 所謂“壁ドン”とかさらっと出来る自分に笑いそうになる。 「帰らないで」 そうお願いしてみる。 俺何やってんだろ? 莉子の心は迷っているようだ。 首筋にキスをする。 振り向いた瞳は揺れている。 じっと莉子を見つめて答えを待つ。 何も答えない莉子にしびれを切らして核心をついていく。 「しゅんのこと 考えてる?」 瞬間—。 莉子の瞳は大きく見開いたあと視線を落とす。 図星かよ…。 「ふっ…」 と鼻で笑ってしまう。 上を向こうとした莉子を抱きしめる。 大事にしたい気持ちと、 わがままに自分の気持ちを押しきりたい思いが交差する。 あぁ、俺、莉子に惚れてんだ。 マジかよ…。 これってさ、本当に莉子のこと好きなら、 莉子の気持ちを応援してあげたりすんのかな? それとも俺のものにして幸せにしてあげればいいの? とかアホなことを考えてしまう。 答えがわからんくてしばらく抱きしめたままになる。 莉子は黙って抱きしめられている。 なんなんだよ? 莉子はどうしたいだろう? 「ねぇしゅんと付き合ってるの?」 腕のなかで莉子の頭が小さく左右に振られる。 すごくほっとしてしまう。 「そっ‥か」 また沈黙になる。 しばらくして莉子が言う。 「央人…。今日はこのまま…帰らせて」 だよな。 莉子の頭をポンポンして、 おでこにキスする。 余裕な振りしてるけど、 自分史上最高にてんぱってる。 『自分で言うのもなんだけど、 俺けっこうモテるだよね、莉子。 ここまで来て抱けないなんてあり得ないよ。』 と思うけど。 『まぁがっつくほどじゃない』 と、なんとか自分に言い聞かせて、 「ごめんね 送るよ」 とすっかり酔いの覚めた俺は、 莉子の手を引いて莉子の部屋を目指す。 莉子は抵抗せずに家の近くまで俺に道案内をしてくれた。  「ありがとう。またね」 と手を振ってアパートに小走りで消えていく莉子を見ながら、 初めての感情をかみ砕いて、 また来た道を1人引き返した。
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