しゅん ご

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しゅん ご

莉子は素直で可愛かった。 最初こそ恥ずかしがって戸惑ったものの。 男の部屋に上がりこむことの意味をちゃんとわかっているから、 かまととぶりはしなかった。 好きな女を本気で抱いているわけではない。 この女は俺に夢中だと言うこともわかっている。 だから俺には要らぬ余裕があった。 それに引き換え莉子は余裕なんかなくて、 ほんとに幸せそうに俺を、 俺との時間をしっかりと全身で噛み締めているようだった。 央人とはどうなんだろう? ほんとのところどこまでの関係なのか? こんなときに央人への対抗心が頭を持ち上げる。 そして気づけば自分の思いが口をついて出てしまう 「莉子 大丈夫?」 莉子はうっすらと瞳をひらいてゆっくりうなずく。 「気持ちいい?」 「うん‥」 俺が女ならこんなことこんなときに聞かれたくない。 でも莉子はバカみたいに俺に従順だと思うと、 聞かずにはいられない。 「央人より?」 「え?‥」 思いもしない俺の問いかけにさすがの莉子も俺を見つめる。 俺も莉子の答えを逃がさない。 諦めたのか莉子は目を伏せて、 俺の背中にしっかりと手を回して消え入りそうな声で、 「うん しゅんがいい」 と言った。 たぶんこの時に俺の中の何かが満たされて満足だった。 "莉子"ではなく“央人が気にしてる女”を抱いていること。 その事実に酔いしれて、 その女にご褒美をあげたくなっていた。 俺はありったけの優しさを込めて莉子を抱いた。 莉子も必死で俺に答え続けてやがて疲れはてて眠った。 翌朝莉子は静かに俺の部屋をでた。 その背中に思った。 ごめん莉子。 やっぱり俺は莉子を好きじゃない。 可愛くて嫌いじゃないけど“好き”ではない。 俺たちは付き合っていない。 ただ一度寝ただけの関係だ。 それから俺は少し莉子と距離をとり続けた。 莉子は何も言わない。 彼女面もしない。 けど、前より少し甲斐甲斐しく尽くすようになり、 なんだかすがるように俺を見つめることが増えた。 はじめは罪悪感があった。 けどだんだんとめんどくさくなって、 そんな莉子を鬱陶しく思い始めた。
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