莉子 いち

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莉子 いち

央人(おと)はいつもみんなの中心にいる。 女の子も男の子も懐にいれるのも入るのがうまい。 距離の取り方も絶妙だ。 『女にだらしない』とか『人たらし』だとか、 彼の良くない噂も耳に入った。 けど私の知っている央人は、 ただあかるくて優しいひとだった。 しゅんとも仲良かった。 まるで旧知の仲のようだったけど、 実際はここ2.3年の付き合いらしい。 央人は私にも当たり前のようにフレンドリーだった。 彼女はいないようだったけど、 たまに鈍い私にも、 普通の“友だち”ではないな と思わせるような女の子と一緒の時もあった。 一度女の子同士で揉めているのも見かけたけど、 あれだけの見た目だし、中身だって悪くない男だから 『ああいうこともあるんだろうな』 と思っていた。 だから“THE平凡”で、央人とは対極にいる存在の私を、 央人が抱いた時は私が一番驚いた。 私と央人はいつもはしゅんのいる広場でしか会うことはなかった。 でもその日は違った。 人数合わせの合コンの帰りに央人と会った。 どうしても好きになれないタイプの人からむちゃくちゃ絡まれて、 私のコミュ力を総動員して場の空気を壊さないようにしていた。 なんとかうまくかわして、2次会はお断りできた。 しゅんの歌でも聞いて飲みなおしたい。 そう思いながらコンビニに向かっている途中、 央人に声をかけられた。 「珍しいね」飲み屋街のそばを歩く私は、 央人にとって違和感でしかないのかもしれない。 「合コンの帰り」 そう告げると、『へぇ意外』みたいな顔される。 「誰も莉子を落とせなかったんだ」 場違いな空気に耐えられなくて逃げてきた私にも、 央人は優しい言い方をする。 「いや 選ばれなかっただけだよ」 そう言いながら、愛想笑いをする。 「央人こそこんな時間に1人?」 私の子の質問もまぁそこそこ失礼だよね? 央人はオブラートに包めない私の性格をわかってくれる。 「珍しい?」 そう聞いてくる央人に『うん』と素直にうなずく。 「はは‥ まぁでも俺は1人の時に1人の莉子と会えてラッキーかな」 こんなこと言うなんて、ホストになったらいいのに、 とか思ってしまう。 「あっ 今 ホストみたいとか思ったでしょ?」 図星を突かれてあわてて首を横にふる。 央人は唐突に私の肩をだく。 「でほんとに思ったんだよ。」 こんなセリフ言われなれたない。 ましてやイケメンに肩を抱かれている。 「ねぇ莉子。いやじゃなかったら家で飲みなおさない?」 央人みたいな男の人に、こんなふうに誘ってもらえたら、 大抵の女子は喜んでついて行くはず。 私みたいな普通の女に本気ではないだろうと思っても、 あわよくば…、なんていう考えが頭をよぎってしまう。 たとえ央人に下心があって“何か”あったとしても、 きっと私は央人を恨まない。 まさかほんとに下心ありとは思わなかったし、 私を抱くほど女に餓えているとは思わなかったから。 でも私はその日— 央人に抱かれた。 でも"付き合って"とも“好き”とも言われなかった。 もしかしたらその時は、央人も私と同じ  “暖かくなりたかった”だけなのかもしれない。 私も央人と付き合うとか言うのは現実味がなかった。 だからそれでいいと思った。 暖かかったし充たされたし央人に感謝した。 体を合わせたとて私たちの距離は変わらなかった。
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