央人 なな

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央人 なな

真剣な俺の態度に戸惑って逃げようとする莉子の視線に気付く。 でも逃がさない。 俺本気だし。 しゅんの態度次第では修羅場覚悟だったけど、 あいつが思いのほかクズで吹っ切れた。 『央人(オレ)勝った』みたいにニヤニヤして、 莉子をおもちゃか道具みたいに…。 あんなにいいやつだと思ってたのに。 俺たちの居場所も作ってくれてたのに。 気持ち悪くてしょうがなかった。 まぁ 俺の見る目がなかったってことだな。  でも莉子にとってはやっと手に入れた“大切な場所”のはず。 そこから引き剥がして、 俺のフィールドに居場所を作ってあげるのは、 俺としてもかなりの覚悟がある。 それを莉子にもわかってほしい。 「莉子、俺はね…本気だよ」 一言一言丁寧に伝える。 莉子が小さく震えている。 泣いてるんだ。 涙がだけが静かにテーブルにおちてた。 その涙は何に流しているんだろう? 俺は莉子の横に行ってそっと抱きしめた。 ずるいよな。 莉子の心の隙間につけこむようなことしてるのはずるい。 わかってるけどこうせずにはいられない。 莉子は声も出さず何も言わずにただ涙を流した。 しばらくしてそっと俺にしがみついてきた。 きっと俺としゅんの間に何かあったかもしれないと、 それはきっと莉子にとって良くないことだと、 もしかしたら気付いたのかもしれない。 莉子の気持ちはわからない。 ほの暗い店内で雨音がわずかに聞こえる。 雨足が強くなったようだ。 どのくらい莉子を抱きしめていただろう。 莉子が俺から離れてバックからだしたハンドタオルで涙をふく。 その顔はさっきまでの無機質な感じがなくて、 しっかりと感情のあるものになっていた。  「ごめんなさい。なんかたまってた何かが溢れちゃって」 やっぱり我慢してたんだ。 しゅんに嫌われたくなくて、 気持ちを張りつめていたんだろうな。 「しゅんとうまくいってないんだね?」 俺の問いに一瞬驚いたような顔をした。 「莉子。俺は莉子のどんなことも受け入れて支えたい」 莉子の肩に手おいてできる限り優しく話しかける。 しばらく考えたあと、 莉子はしゅんとのことたぶん全部話してくれた。 ゆっくりとたまに俺の様子を伺いながら。  「誰とでもやるって思われても仕方ないけど、 私、央人としたときは“央人とならいいって”思ったからしたの。 でもしゅんへの気持ち止められなくて」 と言ってうつむいた。 「言い訳になるけど央人の気持ち知らなかったし、 私も央人の噂聞いてて、その…それを真に受けてたから‥」 確かに俺って女の子たちには 『一回寝ただけで彼女面はしちゃいけない』 て思われてるみたいだし、 実際そんな噂流れてるんだ。 はぁ自業自得だな。 自嘲してしまう。 「じゃあさ。今度は真剣に俺のこと考えてくれる?」 しっかりと莉子を見つめる。 「みんなのイメージの俺じゃなくて 莉子にはちゃんと“俺”を見せてくから」 莉子は少し悩んでからゆっくりと言葉を紡ぐ。 「ありがとう。 でもまだ私はしゅんのこと消せない…。 こんなにうまい話ないけど、 こんな気持ちのままじゃまだ、 央人には向き合えない」 はい、想定内の答え。 わかってたけどしんどいな。 「いいよ。俺も長期戦のつもりだし。 無理くり莉子を丸め込もうなんておもってないから。 でも本気で莉子が俺をほしくなるまで、 俺も本気出してくし」 気持ちを立て直して自分にも言い聞かせるように言った。 そして莉子の頭をポンポンした。 女子ってこういうの好きでしょ? 「だから よろしくね」 俺の言葉に莉子は少し困ったような顔をした。 だから 「あんまり深く考えないで、 今まで通り仲良くして?」 と付け加えた。 「さぁお昼食べちゃお」 と俺は2人の間の時間を無理やり動かした。 スープとサンドイッチを食べて、 最後に出した紅茶を飲んだ頃には、 莉子は元気を取り戻したようだった。 「またね」 と言って店をあとにした莉子に、 俺も 「またね」 と笑って返した。 こんなにうれしい次の約束は、人生で初めてだった。
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