しゅん はち

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しゅん はち

莉子は意外と早く広場に戻って来た。 近くまではこないけど、 少し離れた椅子を選んで、 どこか遠くをみながら俺の歌に耳を傾けてくれている。 どこをどうやって気持ちの整理をつけたのか…。 いや、気持ちに整理がついてるのかさえわからない。 けど、それでも純粋に俺の声に聞き惚れてくれているように思う。 央人とは付き合ってないみたいだけど、 央人の方はかなり腰を据えてゆっくりではあるが、 じっくりと莉子を振り向かせにかかっているようだ。 周りも意外な恋の行方に興味津々のようだ。 実際俺も冷静になったら、 莉子がどうして央人になびかないのかと思ってしまう。 女は愚か男からも愛される央人に、 あれだけアピールされて付き合わないなんて、 マジでどうかしてる。  『莉子はね、ほんとのほんとに、 しゅんのいいところわかっちゃってるんだよね』 と央人に言われたことがある。  『あんなに惚れてくれる女なかなかいなかったのに』 とかにやにやしながら、でも切なそうにそう言っていた。 確かにそうかもしれない。 でも俺が莉子を好きになっちゃったら、 央人との修羅場は避けられなかったよね。 だって今の央人はたとえどんな俺が相手であっても、 素直に身を引いてくれなそうだし。 『しゅんがクズでよかった』 そう言っていた央人の声が、いまだに耳にこだましている。 そんな気がするのだった。 思い出す  最近は莉子が央人を見る回数が増えた気がする ねぇ莉子 央人の言葉じゃないけど こんなに惚れてくれる男はなかなかいないよ? ましてや 央人みたいないい男に好きだと思われ続けるなんて 羨ましいの極みだよ それをもったいつけてるなんて まじで妬まれるよ 要らぬお節介だけどさ 俺なんか早く忘れて 早く央人の胸に飛び込んだらいいじゃん 早く幸せになってよ 俺を思うなら俺の罪悪感も消し去ってよ あぁどこまでもずるいな俺‥ 「しゅん?」目の前にいたやつに名前を呼ばれてはっとする 気づけば涙を流していた みんなが心配そうに俺を見る 思わず莉子の方を見ると 莉子も心配そうに俺を見ている 無意識にすがるような視線を莉子に向けてしまった それに気づいた莉子はたちあがろうとした その刹那 莉子の肩に央人のてがあてがわれた 一瞬2人が見つめあって 央人はうなずき 莉子はまた腰をおとした 「しゅん 大丈夫かぁ」と央人が俺に近づく 俺もすぐに切り替えて 「あぁ ちょっと感情込めすぎちゃったよ」と笑う みんな なんだよぉ珍しい とか明るい雰囲気に戻っていく  「俺歌おっか?」と央人が言うと 女の子たちが『ききたぁーい』となった でも央人の友だちたちが 「いやいやいやいや 絶対無理 百年の恋もさめるわ」と全力で否定する  「央人の歌はジャイ○ンだから」と爆笑する 「うっせぇわ」と俺の肩をぽんと叩いてから莉子の元に戻っていく 見事に場の空気を和ませてくれる央人に 改めて俺の嫉妬のくだらなさを思い知らされた
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