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「若葉ちゃん…うちの祟り屋はPayPayのキャッシュバックキャンペーン対象店だったか?」
「祟りのキャッシュバックってどう扱われるんですかね…と言うか、あの呼び声ってこんぺいさんですよね。外国語、話せるんですか?」
「それは抜かりなしって奴よ。日本語音声に母国語の字幕表示だ」
「翻訳は戸田奈津子さんですか」
地霊との戦いで受けた傷もかなり癒えてきたけれど、まだまだ以前のサイズに戻りきれない、普通の金魚サイズなこんぺいさん。部屋で休んでいるとクロちゃんに獲物扱いされてしまう、というので気分転換にと店先まで降りてきたので、サンも相志さんも一緒になってお喋りをしていた時の事でした。
中東とかそっち方面の人かな、と思われる綺麗な女性のお客様がぞろぞろと来店し、最後に入店された日本人女性が紅茶とケーキを人数分注文され、席に着いたかと思うと、その全員がテーブルの上に初恋草の花を置いたのでした。
仲良しグループのお茶会という訳でもなさそうだし、席に着く異国情緒に溢れた女性達は全員が無言で座り続け、暗く重苦しい雰囲気が包み込んでいる。どうみても『祟り』のお客様なのだろうけど…こんな一度に大勢で、しかも異国の人が依頼人というのは初めてです。
どう見ても異常事態なのですが。
「これは大忙しですね…」
と、どう考えてもあなたがテキパキと捌いてしまうでしょとツッコミを入れたくなる相志さんが微笑んでいた。
「とにかく、まぐれなんて事ぁ無ぇんだ。サン、頼んだぜ。お前がみんなの『怨みの記憶』を確認してくるんだ」
こんぺいがサンに喝を入れる。
「はい!分かりました!」
サンがチリチリンと飛び跳ねながら客席へと向かっていった。
「若葉さんは『怨みの記憶』の確認に専念してください。接客は僕が行います」
相志さんはそう言うともの凄い手際の良さで紅茶とケーキの準備を始めてゆく。
「じゃ、俺はクロに声をかけたら休ませて貰うぜ。後は頼んだ」
そう言ってふわふわと二階へ泳いでゆくこんぺい。
そうして私は脳裏に浮かぶ『怨みの記憶』へと意識を集中しはじめた…
土埃と砂塵。日々の水にも難渋する異国の生活が見える。日本人女性はそこに訪れていた記者のようだ。女の子達にインタビューをしている様子が見える。
しかしその中に銃を携えた集団が訪れた。彼らは若い女性以外の全員を遊びの様に射殺し、彼女達を穢し、傷付けていく。特に日本人の女性については、その国籍を消してしまおうと、より苛烈な暴行が繰り返されていた。
「大丈夫ですか?若葉さん…」
少しフラついていたようで、心配そうなイケメン顔が私を覗きこんでいた。
「はい、大丈夫です…キツそうな所はサンがフィルタリングしてくれたみたいで…」
そして私は、彼女達は中東で暮らしていた女性達である事、テロリスト達に肉体、精神的や宗教的な暴行を受けていたことを相志さんに説明した。
「間違いありません。『祟り庵』のお客様です。相志さん、お願いします」
「お疲れ様でした、若葉さん。ひと息入れたら引き続き、お客様の対応をお願いしますね」
注文を受けた紅茶とケーキのセットを全員分お出しした相志さんは、私の掌にお店で出しているチョコレートをひとつ乗せ、二階へと上がっていった。
「ボクはお客様の案内に行きます!」
サンも自分の役割を果たすべく、一人で『夕闇の境』へと向かっていった。
そして私は、お客様を送り出すのが仕事である。
相志さんに頂いたチョコレートを口に放り込み、その美味しさに頬を緩ませてから、ゆっくりと立ち上がった。
店内で何も起きなかった事への落胆、絶望、そして諦観。様々な表情を浮かべながら、店の外へと出てゆくお客様達。そして最後のお客様――うっすらと涙を浮かべた日本人女性が店を出たのを確認すると、私は店の外に誰も居ない事を確認し、『準備中』の札を下げた。
そのまま建物の二階へあがり、自分も薄緑色の狩衣に着替え、黒塗りの障子の向こうにある、依頼人の怨みを預かる場所『祟り庵』へと繋がっている障子を開ける。
障子を開けてすぐの所に相志さんが正座している。そしてその奥。薄紫色の狩衣を纏い、蝋燭の灯りに照らされて、障子の前に座る紫苑さんが居た。
「今回は風変わりな状況のようですね」
私が腰を下ろしたと同時に紫苑さんが話しかけてきた。
「はい。外国人の女性と、その村を取材していたジャーナリストさんみたいで…奴隷にされそうなところを脱出されたようです」
「彼女達は現地ではマイノリティであるヤジド教信者の方々でしょう」
「ヤジド教って私、初めて聞きました…」
専門家でもなければ知らずとも当然です、とそんな私に言ってくれる紫苑さん。でも紫苑さんが知っている、という事はやっぱり陰陽師は専門家なんです…よ…ね?
「ヤジド教というのは旧くから続く信仰で、イスラムの教えにゾロアスターや古代ペルシャの宗教、さらには地中海東部に起源を持つミトラ教というさまざまな信仰体系が混合された宗教です」
楽しげに教えてくれる紫苑さん。ですが…スイマセン出てくる名前の殆どが分かりません。不出来な弟子でゴメンナサイ…
「宗教の融合を是としてきた日本人には理解し易いのでしょうが、一神教から見れば異端の烙印を押すには充分な理由です。過激派に言わせれば『キリスト教よりも邪な』邪教だそうですよ」
「怖いですね…」
邪教、というフレーズに複雑なものを感じ、思わず言葉が口から零れていた。
「宗教と言うのは何だって怖いのですよ。権力と繋がった時にはね」
大昔から権力と繋がってきた陰陽師が言うと説得力が段違いです…
「今では全能の神ナンバーワンという顔をしているキリスト教だって、自らの名の下に大勢を虐殺しているし、他の神を同一化、または堕としめることで現在の地位を得たのです」
私達人間の与り知らぬ次元での戦い――血塗られた歴史だ。
「仏教だって日本に於いて、その教えと力を使って土着の神を怪異に堕としてきた。天津神だって勝手に天から降りてきては、先に住んでいた国津神を屈服させています」
天孫降臨。大義名分の名の下に埋もれてゆく旧き魂。
「そういう意味では、長髄彦も哀れと言えなくもないですね」
しかし、たとえ足元が血塗れだろうと、踏み台にしてきた魂がどれだけあろうと、現在の平穏を築き、人々に安らぎを与え続けている事は否定できるものではない。
「けど、だからといって殺す事が赦される訳じゃない。築き上げたものを崩して良い訳が無い。だけどそれぞれの信じる正義がある…結局どちらかが根絶やしになるまで怨みの炎は消えないのでしょう」
宗教の事を語っているのか、自分の事を語っているのか。きっと紫苑さんも、黙って聞いている相志さんも、そして私も。きっとその答えには気付いている。
「勝者は敗者を徹底的に貶め、その痕跡を消し去ることでのみ、ゆっくり眠れるのです」
穏やかな顔のままで語る紫苑さん。
そして『祟り庵』の扉が開かれた。
女性達は異国の言葉でなにやら不安そうに話し合っている。異世界『隠れ里』でも人の言語は別たれたままのようでした。
「お客様をお連れ致しました」
障子の向こうからサンの声が聞こえる。ほんの少し緊張しているみたいだ。
「人としての尊厳を奪われ、奴隷として扱われ、消えぬ呪いをかけられた魂の持ち主達よ。我々、闇の陰陽師が、貴女達のその怨み――祟りと成しましょう」
静かにざわつく依頼人たち。異国の言葉でどよめく彼女らを落ち着かせ、日本語で質問の声が聞こえた。
「あの…この子に聞きました。ここは私達の怨みを…祟りに変えてくれる場所だって…どういう事なんですか?」
聞きたくなるのも当然だろう。彼女達もきっと、特別な方法で『タタリアン』の事を知り、そしてここまで来たのだろうから。そしてジャーナリストであるあの日本人女性は、それを納得しない限り、動くことはない。それを察した紫苑さんが応じる。
「貴女達には、殺したいほどの怨みを持つ相手が居る。間違いありませんね…?」
障子の向こうで頷いた気配が感じられた。
「怨みとは思いの力。それは人を殺せるほどに激しく力強い。けれども思いで人は殺せない。ここは怨みという思いの力を『祟り』という物理現象に変換し、相手に放つのです」
紫苑さんの言葉に依頼人の日本人女性が食いついた。
「私達はあの国で“奴隷”にされました。それはトラウマ…いえ、呪いとなって私達の魂を蝕んでいます。呪いに打ち勝ち、人間に戻るには…私達を理不尽に踏み躙ったあの集団を許す訳には行かないんです」
日本人女性の声に続き、後ろのみんなも同じ様な言葉を叫びはじめた。
「お願いします!」
「私達の怨みを!」
『祟り庵』に悲痛な叫びが響く。そこに付喪神ぬいぐるみのクロちゃんが、人型に切り抜かれた紙“形代”を手に持って、ぴょこぴょこと依頼人たちの前に現れた。
呆気に取られる依頼人達。それを全く無視して紫苑さんが話を続ける。
「その形代に、貴女達の血を頂きます」
黒猫の付喪神クロちゃんがぽてぽてと依頼人の一人に近付いた。その手には人の形に切り抜かれた紙、形代を持っている。
依頼人である外国人女性の一人が微笑んでクロちゃんに手を伸ばした。だがクロちゃんはその指にパクリと噛み付いた。
「痛っ!?」
驚く依頼人の女性を尻目に、すぐさま手に持った形代を、噛み付いた指先に押し当てるクロちゃん。小さく赤い染みが出来た事を確認すると、ペコリと頭を下げ、隣の依頼人の足元へと歩いてゆく。訳の分からない異国の依頼人のがそのまま見ていると、クロちゃんが話しかけた。
「おててをだすのにゃ」
「…?」
勿論日本語の分からない異国の依頼人。撫でようとして手を伸ばすが、クロちゃんが噛み付こうとすると驚いて手を引っ込めてしまう。その様子を見た依頼人の日本人女性が、
「その子、『手を出して』って言ってるわ。そうやってその紙にみんなの血を付けるんだって。契約みたいなものよ」
趣旨を通訳して皆に伝えた。すると女性達は自らクロに指を差し出しはじめた。噛まれる怖さより、愛らしさが勝ったのだろう。そうしてクロちゃんは無事に全員の血を形代に取ることができた。
八つの赤い染みが付いた形代を大事そうに抱き、ぺこりと頭を下げてそのままてこてこと下がるクロちゃん。なるほど。紫苑さんが祟り庵での仕事を与えたのか。
「貴方の身体に流れるその怨み――ここに頂きました。この形代が貴女の血と怨みを受け継ぎ、祟りとなるのです」
紫苑さんの言葉を彼女たちの言葉に通訳して伝える日本人の女性。それを聞いて、ちらほらと涙ぐむ女性達。
「これで――終わりなの?その…費用とかは…」
代表して日本人女性が聞いてきたが、まさかそれにもクロちゃんが答えるとは思わなかった。
「くれるならもらうにゃ。でも“おきもちでけっこう”って言われてるにゃ」
「分かりました。では君のご主人に『宜しくお願いします』って伝えておいてくださる?」
「わかったにゃ。じゃあこれでバイバイなのにゃ。もう帰っていいのにゃ」
そう言ってクロちゃんは『祟り庵』の出口に向かい、依頼人に外へ出るように手招きをしていた。
そして全ての依頼人が『祟り庵』を後にすると、紫苑さんはふわりと立ち上がった。
「それではこの祟り――存分に味わって頂くとしましょう」
「標的って多分、外国ですよね。その…大丈夫なんですか?」
私は心配になったことを素直に聞いてみた。日本の『妖怪』による『祟り』なので外国で通用するのかと素直に心配になったのだ。
「えぇ、『祟り』は問題なく通用しますよ。『妖怪』については多少の考慮は必要かと思いますが」
「考慮、というのは?」
「文化が違うと言う事は、齎される恐怖もまた違ってくるという事なのです」
確かにアメリカと日本のホラー映画では“恐怖”の様式が違っている。扉の隙間から目が覗くのが日本式なら、扉をぶち破って飛び出してくるのがアメリカ式。なるほどと納得する。
付喪神のクロとサンも部屋に戻ってきた。その様子を見て紫苑さんが立ち上がった。
「では参りましょう。『鬼哭の辻』へ」
茜と濃紺の空が永遠に続く空の下。名も知らぬ背の高い草の生える荒れ野を貫く道を往く。草むらに埋もれそうな、首の欠けた地蔵を通り過ぎた先に見えてくる四つ辻。
それが『鬼哭の辻』だ。
『祟り』を行う前の紫苑さんに近寄り難い雰囲気を感じ取ったのか、今日のクロちゃんは私に抱かれての道行きである。ちなみにサンは私の肩の上だ。
胸に抱いた感触は紛れもないぬいぐるみのクロちゃん。永遠に夕暮れ時が続く『隠れ里 夕闇の境』を進む私達に似合う寂しげな歌を口ずさんでいる…つもりなのだろうけれど、全部『にゃー』なので聞いているこちらの脱力感が半端ない。しかも歌に合わせて手をポンポンさせながらなので、もう普通に可愛いとしか思えない。
「ふいんきの出る歌にゃ!しごとにんみたいでカッコイイにゃ!」
「う、うん…ありがとね、クロちゃん」
もう色々とツッコミたいけど笑いを堪えるのが精一杯です。相志さん…肩、震えてますよ?
「も…もうすぐ着くから、そろそろお歌は止めよっか?」
「わかったにゃ。クロはおりこうだからやめるにゃ」
私が歌を止める様に言うと素直に聞き入れ、クロちゃんは私に頬擦りしてきたり手をポンポンさせたりし始めていました…ヒマだったのかな?
「紫苑様、今日は何をお使いに?」
『鬼哭の辻』の前に立つ紫苑さんに、相志さんがお伺いを立てる。
「今日は浮世絵を――北斎百物語『笑い般若』をお願いします」
いつもの妖怪画集ではないのか。しかし浮世絵にも妖怪画ってあったんだ…
紫苑さんの言葉に相志さんとこんぺいさんが頷く。
相志さんが十字路――辻の中央へ輪を描くように蝋燭を数本立て、その中央へ紫苑さんが『笑い般若』と呼んだ浮世絵をそっと置いた。
そこには――
丸く切り取られた窓。その向こう。
髪を乱し、小さな角を生やした女…らしき者が顔を覗かせている。
右手にはまだ血の滴る赤子の首を大きく掲げ、「ほぉら」と言わんばかりに左手でそれを指差しながら、快感に目尻を大きく垂らし、歯茎を剥き出して嗤いながら。
お前の大事なモノを壊してやったぞと、報復の快楽に酔い痴れた半成りの鬼が笑っている。
一度見たら忘れられない、狂った笑い顔。
これが北斎百物語、『笑い般若』。
入れ替わるようにサンが尻尾の先に火を灯し、一本ずつ丁寧に蝋燭へと火を移してゆく。
「骨鈴を」
相志さんが、『辻神』を呼ぶ道具、骨鈴を恭しく紫苑さんに手渡した。
左手の骨鈴がカラカラと寂しげな音を周囲に響かせる。
草履がたんたんと踏み鳴らされる。
右手を胸の前で握り、人差し指と中指を立て、印を結ぶ紫苑さん。
紫苑さんは左手に骨鈴を持ち、辻の真ん中に並べられた蝋燭の輪に近付く。
左手の骨鈴を軽く振ると、骨同士のぶつかり合うカラカラという寂しげな音が周囲に響いた。
「双盃の左 塵玉の右 天を地と成す 逆撫の社」
唱えながら、左足の草履をたんたんと踏み鳴らす紫苑さん。
右手を胸の前で握り、人差し指と中指を立て、印を結ぶ。
「黄幡の御座は地に伏して 歳破の兵主は我が前に集う」
その言葉に応じるように、四辻の草むらから、土の中から『辻神』が集まりだす
「えものにゃ!」
辻神を見たクロちゃんが手を叩き、はしゃいでいました。
「…食べるの?」
「食べはしないにゃ。ボコボコにして遊ぶのにゃ。いつも紫苑が出してくれるのにゃ」
「あぁ…うん」
…随分と贅沢(物騒)な獲物ですこと。
そして紫苑さんが呪文を唱える。
逢魔が時より出るモノ
誰そ彼に横たわる形無き理の貌かおよ来たれ
絵姿に寄りてここに現れよ
怨みを糧に踊り出で怪異きを為せ
紫苑さんは狩衣の胸元に右手を差し込んだ。抜き出された指の間には依頼人達の血を受けた形代がある。
「怪威招来――笑い般若」!
その言葉と共に、紫苑は円の中に形代を飛ばし入れた。
すると、呼応するように黒い足首、『辻神』達も囲いの中へ我先にと足を踏み入れてゆく。
途端、辻神達が血の付いた形代へと渦を巻いて吸い込まれていった。そして全ての辻神が吸い込まれた途端、円を作るように置いていた蝋燭の火が火柱となって吹き上がった。そしてそれは渦を巻き、巨大な焔の竜巻と化した。
炎熱と轟音が掻き消え、煙と土埃が残された『鬼哭の辻』に何かがいる。
誰かがそこにしゃがみ込んでいる。
女性だ。
異国の出で立ちを纏った女性がそこに居た。顔付きも何処と無く中東を思わせる雰囲気だが、日本人の面影もうっすらと感じられる。
だが、至って普通の女性だ。鬼の顔ではない。
けれどもとても美しい。一度見たら忘れられないような神秘的な美を湛える女性だった。
そして女性は静かに立ち上がり、私達へと会釈をすると、顔をフードの布で隠し、そのまま道の向こうへと歩いて行ってしまった。
「『笑い』般若なのに笑ってませんでしたね…」
その背中を見送りながら疑問に思った事を呟くと、相志さんが解説を始めてくれた。
「笑い般若が笑うのは目標に届いた時です」
「目標?」
「復讐の快楽です」
復讐は分かるけれど…快楽って…?理解が及ばず首を傾げていると、相志さんは説明を続けてくれた。
「復讐の愉悦は、自分を束縛してきた呪いから開放される事により快楽へと変わるのです。そしてそれを味わった人はもうヒトに戻れない――『笑い般若』とは復讐の快楽で今まさにヒトを捨てようとしている鬼の姿なのですよ」
その気持ちが分からないとは言わない。
私も、あの男達が『絡新婦』に屠られてゆく様を幻視したとき、言いようの無い高揚感に包まれていたのだから。
散々自分を虐げてきた相手を圧倒的な力で捩じ伏せる。その瞬間は正に『快楽』と言って良いだろう。
しかし、そこで踏み止まれるか、向こうへ行ってしまうのか。
それはきっと当人にすら分からない。それほどに甘美なモノだから。
あの依頼人達は、自分達が受けた体験と、それによる心の傷を『呪い』と呼んでいた。
その呪いを祟りへ変える事で、彼女達は角を生やす事無く呪いから開放されるのだろう。
遥かな異国へと向かい歩き去る、鬼となる事を望む美姫を見送りながら、紫苑さんが静かに呟いた。
「祟り――ここに成されたり」
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