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「小嶋一郎ってどこに行ったの?」
閉店間際の『タタリアン』でケーキを目の前に積み上げながらお露さんが聞いてきました。
「刑務所への移送前に姿が消えたらしいのよね。けどずっと上の方から『調査の必要無し』のお達しが降りてきたらしくてさ。『あぁ、こりゃ祟りだな』って思ったのよ」
片付けもひと段落したので、私もジュース片手にお露さんの向かいに腰を下ろし、話を始めました。
「紫苑さんの話だと、なんでも生きたまま地獄に落とされたそうですよ」
それを聞いてひえぇと顔を顰めるけれど、ケーキのてっぺんの苺を口に放り込んで即座に笑顔を取り戻すお露さん。
「でも、社会に戻りたくないって希望は叶ったみたいね」
それにしてもこれらのケーキって本当に別腹なのだろうか。この食べっぷりなら『タタリアン』を出た後でラーメン屋3件はハシゴしてそうだけど」
「で、依頼人は?被害者の家族?」
「いえ…実の父親でした」
自分と標的の関係を“生物学的父親”と言い切った実父の事を思い出し、嫌な気持ちになる。そんな私を見てお露さんはほんの少しだけ眉を顰めた。これでも1課の刑事さんなのだから、こういった人のしぐさには敏感なのだろう。
「でもそれってちょっとおかしいよね…被害者はともかく小嶋の家族は彼を怨むというより、一切の関与を拒否していた印象なんだけど…」
さすがお露さん鋭いです。
「それなんですけど、父親が縁者からの紹介状を持って来たというか…持って来させられたと言うか…?」
「縁者って…そっち関係の?」
私が黙って頷くと、
「あの男、上の方でも厄介視されていたみたいだからねぇ…生きていればそのうち話題に浮上する。そうすれば今の法制度に、ともすれば政権の批判へと繋げられかねないってね…なら存在ごと消えてもらおう。ってところかな?それとも『マスコミの追及を止めてやる代わりに、自分の子供を祟れ』とでも言われたのかねぇ」
「どっちもありそうな驚きの黒さですよね」
「おぉー怖い怖い。明日は我が身に降りかかるやも知れぬと思うと、身の細る思いよねぇ」
そうおどけて肩を震わせるお露さん。
「お露さんは大丈夫なんじゃないですか?」
「どうして?」
「多分もう私達の関係者だと思われているんじゃないですかね」
「えーじゃあ給料上げてよぉ。じゃなきゃ特捜係とか呼ばれてこの店でのんびり紅茶飲んで過ごしたい」
「でもそれを引き受けるって事は、政治のドロドロに頭から突っ込む事になりません?」
「それは遠慮したいなぁ」
2人でクスクスと笑いあう。
「そう言えば今日はあのイケメンと金魚が見えないね」
店内を2、3度見回して聞いてくるお露さん。
「あ、はい…ちょっと…取り込みの用事があるみたいで…私も相志さんとお会いしたのは開店の時だけで…近頃は私が店を閉めてるんです」
「ふぅん…」
顔に出さないよう努めて答えたつもりだったのですが、そこは刑事さん。感じ取られてしまったようでした。
「若葉ちゃん」
テーブルごしにガシっと肩を掴んで私の顔を見据える刑事・小鳥遊露草さん。
「私に手伝える事があったら言いなさいよ?独りで抱え込んじゃダメだからね?」
と、真剣な眼差しで言ってくれました。
私はそんな小鳥遊さんに、笑顔で応じたつもりだったんですけど。
余計に心配されてしまいました。
という訳でこんにちは。若葉です。
実は私、今は実家を出てマンションで暮らしているんです。
陰陽師として生きる事を決めた以上、家族に危険が及ぶ可能性がゼロでは無い事を夢見さんに指摘され、その延長で(言い包められ)買い与えられました。
「女の子にマンションを買い与えるって…成金って感じがして気持ちいいねぇ」
と夢見さんはニコニコしていましたが。ちなみに水道光熱費も『夢見館』持ちです。もしかして私って夢見さんの愛人か何かと思われてたりして…
でもセキュリティの充実した環境と、邪魔の入らない静かな空間は、今の私にとって必要不可欠な環境でした。
あれから私は、お仕事を終えてマンションに戻ると、石燕の『百鬼夜行シリーズ』を穴が開くほど読み耽っています。
葛葉流陰陽術の奥義『百鬼夜行』から紫苑さんと相志さんを助ける手立てが隠されている…かもしれないと信じて。
確かに『獏』や『滝霊王』『方相氏』といった、魔を払えるような存在も『百鬼夜行シリーズ』には書き込まれています。これらを『歳神』で呼び出せば――そうも思いましたが、けれど私の奥で何かが囁くんです。
『それでは百鬼夜行に勝てない』と。
なので絵をひっくり返して見たり透かして反対から見たり、サンのお腹に顔をうずめてモフった後で見てみたり…あれこれ試したんですけど、どう見ても普通の絵なんです。
それでも探さなければ。じゃないと紫苑さんが死んでしまう。
「絶対に探し出してやるんだから…」
机の上に積み上げられた『百鬼夜行シリーズ』の中から『百器徒然袋』を手に取る私。その横で大好きなバナナを皮ごと食べているサン。
そんな夜を過ごしていた時の事でした。
部屋のインターホンが鳴り、来客を告げました。時刻は深夜1時を過ぎたところ。しかもインターホンの鳴らし方が容赦無い。ピポピポピポピポ…と、まさに連打。
まさかと思い慌ててモニターで確認すると、そこにはインターホンのボタンを楽しそうに両手でポチポチしている付喪神、クロちゃんが居ました。
「クロちゃん?!」
「にゃ――!!」
急いでホールまで迎えに行くと、クロちゃんは嬉しそうに私に飛びついてきました。相志さんがクロちゃんに、と作ってくれた専用の可愛い革靴を履いています。
「若葉にゃー!良かったにゃー!誰も来なかったらどうしようと思ったのにゃあー!」
人目も憚らず頬を摺り寄せてくる付喪神のクロちゃん。まぁ誰も居ないんですけど。
「その割にはボタン連打して遊んでたよね?」
でもクロちゃんはそんな私のツッコミにも動じません。
「楽しいと遊びたくなるのにゃ!」
あ、はい。そうですよね…と納得しているとクロちゃんは首をプルプルと横に振り、
「そうじゃないのにゃ!紫苑と相志がお仕事の服でおでかけしたのにゃ!」
「なんですって?!」
いつか来るとは思っていたけれど…とうとうその日が来てしまったのか。
「若葉へのお手紙っぽいのも置いてあったのにゃ!だから、どうしようかと思って、おうちの鍵だけ持って出てきたのにゃ!」
尻尾の根元に鍵がブラ下がっている。いつもは相志さんが管理している『タタリアン』の鍵だ。
「ありがと、クロちゃん。よくやったね」
鍵を受け取り、ポケットにねじ込む。
「クロは若葉に付喪神にしてもらって、紫苑にいっぱい遊んで貰えて、今とっても幸せなのにゃ!だから紫苑が居なくなるのは嫌なのにゃ」
キラキラした瞳で私を見つめてくるクロちゃん。
「私も同じだよ。だから絶対に紫苑さんを助けなきゃ!」
きっとご両親の仇を討ちに行ったんだ。そして『百鬼夜行』を使うつもりなんだ。
それだけは、何としてでも止めなければ。
「で…紫苑さんはどこに行ったの?」
私の質問に、えっ?という表情で私を見つめるクロちゃん。
「…若葉わかんないのかにゃ?」
クリクリな瞳をキラキラさせて聞いてくるクロちゃん。その無条件で信じてくれる視線が痛い。
「サンっ!」
サンなら紫苑さんとも繋がりがあるから探せる筈――だったのですが、
「駄目…向こうから遮断されてる!繋がりを断たれてる!」
サンの悲痛な叫びが響きました。私達に累が及ぶのを防ぐために遮断したのでしょうか。
「…やっぱりわかんないのかにゃ?」
不安そうに瞳を曇らせるクロちゃん。
式神との繋がりも断たれ、仇である相手も分からない。
小夜鳴市内を闇雲に探し回るわけには行かない。
それに『百鬼夜行』の防ぎ方を見つけられた訳でもない。
それでも何もせず待っているなんて事は出来ない。
「お店に行ってみよう!何か分かるかもしれない!」
「そうだにゃ!きっとクロはその為に鍵を持ったのにゃ!」
私はクロちゃんを抱え部屋着のままで『タタリアン』へと走り出しまし
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