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終幕 百鬼夜行
闇に仄浮かぶは薄紫の蜻蛉。
それは月が夜を照らす様に淡く輝きを放つ美しい女性の姿をしていた。
女性の名は葛葉紫苑。
それに並び歩くは黒衣の異形。
朱で染められた襟袖は血を隠す為なのか、血で染め上げられたものか。
黄金色の面には天を衝く二本の角と四つの眼。腰にはひと振りの太刀と、ヴィクトリアン調ナイフに仕立て直された愛刀『六方睨』を佩いている。
男の名は不来方相志。
陰陽師と方相氏が夜を渡る。その様子は、魔都の闇が時を遡るかの如く。
歩みの先に在るのは身命を賭して討つと決めた両親の仇。
そして仇を放り込み、自らも身体を横たえる墓穴が三つ。ただそれだけ。
だがその歩みは勇ましく、前を見据える瞳には一点の曇りも無く、その魂は死地にあり。
小夜鳴市は大都市という程ではないが、それなりに夜も賑やかな場所が存在し、そして夜を生きる人々もそれなりに存在する。
だがこの夜はまるで戒厳令下の如くに人通りが絶えていた。
夜の空気に禍つの瘴気を感じたのか。
これから起こる人知を越える戦いから逃れるためなのか。
人通りも、車通りも絶えた繁華街を往く、薄紫の美しき陰陽師、葛葉紫苑とその方相氏、不来方相志。
その時だ。
人通りの絶えたビル街の間に、明らかに人為的な音が響き渡った。
大勢で、がつがつと路面に木の杖を突き立てる音だ。
大地を鍬や木の杖で突いて目覚めを促し、大地に潜む雑多な精霊を“祇”として纏め上げ操る『長髄彦』の呪術である。
正面から聞こえてきたかと思えば、背後から。かと思えば右から左から。地の底からの行軍のように大地を揺らし、響き押し寄せる。
その音に紫苑と相志が十字路の中央で立ち止まる。二人はその場から動こうとせず、また互いに声を掛け合うことも無い。その間にも、一匹がサッカーボール大のスライムのような精霊“祇”が何十匹――いや何千匹もが、通りの向こうから二人を目掛けて押し寄せる。
かくして二人の周りを“祇”の群れが埋め尽くした。
紫苑と相志を中心に、ビルの間をまるで黒い海の様にうねる“祇”の大群。
だがそれらの“祇”は二人の前に寄り集まり、山の様に一つの塊となったあと、次第に人の形を形成し始め――ものの数秒で高層ビルをも見下ろす程の巨大な、真っ黒な人の形をしたなにかが二人の前に立ちはだかっていた。
頭部に3つの切れ目が入り、黄ばんだ目が現れると、ぎょろりとした黒目が二人を見下ろし、黄ばんだ歯と赤い舌を見せてニヤリと笑う。
まさに天を衝くほどの巨人。
だがそれ程に巨大な怪物を前にしても、美しき陰陽師は眉一つ動かさない――いや。口の端に微かな笑みをすら浮かべているではないか。
「でいだらぼっちですか…国土を作ったとも、また国土を喰らうとも言われる大地の魔物…」
黒い巨大な腕を振り上げ、今にも自分へ振り下ろさんとする『でいだらぼっち』を、紫苑はまるで『珍しい物が見られた』とでも言わんばかりの笑みを見せ、ひと言呟いた。
「――こんぺい」
その瞬間、天からの落雷が『でいだらぼっち』を貫いた。
気付いた者はどれだけ居たろうか。見た者はどれだけ慄くのだろうか。
土くれとなって崩れ落ちる『でいだらぼっち』。その遥か上。紫苑と相志の上空には、雲を身に纏った一つ目の紅龍が居た。
だが独眼龍の姿を見てはいないのか。それとも落雷を恐れぬのか――鎌や鍬にも似た獲物を手に手に、ビルの陰や植え込みの影から次々と這い出てくる異形の仮面達。合体、巨大化した事により一撃で消え去った“祇”に代わり、自らの手で陰陽師を葬るべく現れたのか。
日本の先住民を名乗り、超自然的なテロ行為を長年にかけて行ってきた集団。『長髄彦』だ。
50人を超える仮面の集団が紫苑と相志、二人をぐるりと取り囲む。
だが、そんな絶体絶命の状況下に於いても紫苑は顔色一つ変える事も無く、
「退け」
とだけ呟いた。
その呟きを合図としたかのように2人の『長髄彦』がそれぞれの武器を手に、紫苑と相志へ大きな跳躍を以って挑みかかった
しかし――
いつの間に抜いたのか、相志が右手に太刀を、左手に『六方睨』を持ち、二人の『長髄彦』の凶刃を同時に食い止め――
そう認めた次の瞬間。銀光一閃。2つの首が宙を舞っていた。
紫苑と相志を取り囲む『長髄彦』達はしかし、同胞の死にたじろぐ様子を仮面の裏に隠したまま、今度は4人が一斉に相志へと群がり、鎌を振り下ろした。
それすらも難なく受け止める相志。
だが『長髄彦』の狙いは別にあった。4対1の鍔迫り合いに、更に2人が加勢したのだ。力押しで相志の動きを封じようというのか。6対1の押し合いに身動きの取れぬ相志。
その様子に他の『長髄彦』が動き出した。
正面から飛翔――背後から突進。紫苑に2人の『長髄彦』が同時い襲い掛かった。
「紫苑様!」
紫苑を心配し声を上げる相志。だが紫苑目掛けて飛び掛った『長髄彦』の凶刃は美しき陰陽師に届く事無く、無数の天からの落雷に撃ち貫かれていた。
悲鳴を上げる暇も無く、黒コゲになった身体を地面に転がす『長髄彦』の刺客。
これでは迂闊に近付けぬ――そう思うのが道理。だが陰陽師を取り囲む『長髄彦』達は次々と紫苑へ飛び掛り――落雷の餌食になっていた。
「紫苑様…うおぉぉおっ!!」
そして相志を抑え付けていた『長髄彦』の首が6つ宙に舞った時。
そして最後の雷撃が紫苑の真後ろに落ちた時。
二人の前に一人の男が現れた。
ライトブラウンのスーツに身を包んだその男には、七色に輝く蝶が2匹付き従っていた。
紫苑の師匠にして恩人でもある男、夢見憂だった。
「式神を龍と成し、巫力の雲を纏わせることで絶大な攻撃と防御陣を得る、雲龍陣の術――流石でございます、紫苑様」
芝居がかった動作で胸に手を当て頭を下げる。
「大立ち回りになるかと思い、人払いは済ませておきましたが――その必用もありませんでしたな」
淡々と語る夢見。その言葉を信じるならば、彼の術により人払いがされていたのだろう。
「貴っ様あぁっ!」
その時、何処かに潜んでいたのか、一人の『長髄彦』が叫び声を上げ、夢見へと斬りかかった。
夢見はそれに目を向ける事もせず、付き従う蝶の一匹が斬りかかろうと向かって来る『長髄彦』へと飛燕が如く飛び、一撃でその首を刎ね落とした。
足元へ転がる怨嗟に満ちた首を蹴り飛ばし、夢見は、
「今のが最後の一人――悲願の成就、おめでとうございます」
道路に膝をつき、頭を垂れた。
だが。
紫苑は平伏する夢見へずい、と近付きその後頭部をぐいと踏み付けた。
「ぐっ…」
「戯言は済んだか?」
「な…何の事でございましょうか…紫苑様」
夢見の頭を踏みつける足に力を込める紫苑。夢見の額から血が流れる。
「敵である『長髄彦』と結び、父と母を殺したのは貴様であろう――夢見」
その言葉に夢見は、紫苑に頭を踏み付けられたまま応じた。
「さすがの紫苑様も『雲龍陣の術』をあれほどに乱発しては、息も上がりますか」
その言葉に紫苑がピクリと眉を動かした。
夢見は紫苑の足の下でニヤリと口許を歪めていた。そしてアスファルトについた右手を伸ばし、紫苑の足を掴むとその身体を軽々と放り投げた。
投げ飛ばされ宙を舞う紫苑。しかし紫苑が路面に転がる前に素早く相志が動き、投げ飛ばされた紫苑を受け止める。
「紫苑様…!」
その様子を見て悔しそうに顔を歪めた後、紫苑の足を掴んだ掌をペロリと舐めてゴキゲンな表情を浮かべ立ち上がる夢見。
「俺としてはあのまま踏まれ続けるのも良かったんだけど。悲願は成就させなきゃね――お互いに」
その言葉に引っかかるモノを感じた相志が口を開こうとしたが、先に夢見が話しかけてきた。
「どうやって気が付いたんですか?私が犯人だと」
相志はそれを無視して問い質そうとしたが、相志に抱き止められていた紫苑が立ち上がりながら夢見の問いに答えた。
「最初は捕らえた『長髄彦』を拷問にかけた時。奴等は標的を『葛葉』だとは知らずに襲っていました。本当に『長髄彦』が葛葉を襲ったのなら我等を知らぬ筈が無い。つまり、『長髄彦』を扇動した何者かが存在する、という証左」
紫苑の声に黙って耳を傾ける夢見。
「そして確信を得たのは警察の捜査情報です。当時の捜査資料が一切失われており、捜査に当たった警察官も行方不明になっています」
「それも『長髄彦』の仕業では?」
夢見がすっとぼけた様子で反論する。
「いえ、『長髄彦』は体制側の職に就く事を激しく厭います。警察の情報は易々と外部が操作出来るものではありません」
その言葉に夢見の目付きが変わる。
「つまり『長髄彦』を傀儡とし警察の捜査資料を葬る事が出来る権力を持つ。尚且つ簡単に人の存在を消せる存在。そんな者は私の知る限り――陰陽師だけです」
首を傾けてニタリと狂気に身を委ねたように笑う夢見。
「随分と危なげな推理です。これが推理マンガなら人気投票最下位決定ですよ?それに捜査資料の改竄ならば物部でも良いのでは?紫苑様を得る為に親を殺す――あいつらの好きそうな手口ですが」
顎を上げて紫苑を見下ろすようにしながらも不気味な笑みを絶やさない夢見。しかし紫苑は動じずに言った。
「『夕闇の境』で物部の式を焼いたのはまずかったのぉ。臆病な彼は常に二重三重に式を放っておる。おぬしが焼いたは囮よ」
それを聞いて視線を僅かに逸らし待ち切れなくなった相志が声をあげた。
「夢見様!何故このような事を!貴方は誰よりも葛葉――いや紫苑様への忠心篤い人物であったはず!それに紫苑様と私を匿い、紫苑様を陰陽師として育て上げてくださった!そのような貴方がどうして!紫苑様のご両親を!?しかも『長髄彦』と繋がっているなんて!」
激しい相志の詰問をものとせず、額から流れる血をそのままに立ち上がる夢見。
「詰めが甘かったなぁ…そのまま『長髄彦』を仇と思ってくれていても良かったんだけど」
ライトブラウンのスーツに血が滴る。髪を両手で整えると、
「どうして?と言ったか?相志…とことん癪に障る男だ」
ギロリと相志を睨みつける夢見。その怒気の強さに相志も思わず半歩身を引いていた。
「紫苑様を愛しているからだよ」
目の前で自分への愛を語る、両親の仇でもあり、臣下にして師とも言える存在。だが紫苑が夢見へと向ける眼差しには動揺も戸惑いも無く、ただ冷たかった。
「あ…愛して、だって!?」
その言葉に動揺を隠せない相志。夢見が話を続けた。
「初めて紫苑様にお会いしたのは、紫苑様が3歳になられたお祝いの席でだった。幼子とは思えない美しさ、そして瞳の冷たさ――俺は一瞬で魂を奪われた」
愛しい娘の思い出を語るかのごとく穏やかな、慈愛に満ちた顔で語る夢見。
「それから俺は葛葉の…いや紫苑様の忠臣として生きる事を心に決めた」
その言葉に偽りは無いのだろう。しかし。
「だが、ご成長されるに従い益々光り輝いてゆくその氷の様な美しさ。もう俺は只の忠臣としてだけでは満足できなくなっていた…彼女の全てが欲しい!常にその傍らに侍り、その全てを俺のものにしたい…それしか考えられなくなっていた」
夢見の表情が曇る。忠心と愛情。決して踏み込んではならぬ禁。だが――
「そして俺は、悪魔の図面を引いた」
――この男は踏み超えた。
「まずは紫苑様のご両親を葬った。まさか身内に、しかもこの俺が牙を剥くとは思っていなかったようでね。『術を見て欲しい』と言って蝶を出し、そのまま首を刎ねたよ」
紫苑の両親をどう殺したのか滔々と語る夢見。ただ黙って聞く紫苑。いつの間にかその美しい顔は俯き翳りを見せていた。
「後は分かるよね。『長髄彦』の石剣で身体をメッタ刺しにして、疑いを『長髄彦』へと向ける。『葛葉』を失った物部は紫苑様を手に入れようとする。後は…」
「紫苑様がそれを拒み、貴方を頼ることも…想定内だったのですね」
辛そうに俯く紫苑に代わり相志が詰め寄った。
「あぁ。分の悪い賭けでは無かったよ。そこまではな…」
「…そこまでとはどういう事ですか?」
聞き返す相志。だが夢見はそんな相志に対し、『長髄彦』の首を易々と刎ね飛ばした蝶を2匹嗾けた。
相志へと一直線に流れる七色の刃。しかしそれを銀光一閃で切り落とす相志。
「よくもそんな言葉が言えたな!相志!君がいたからだよ!!」
「僕が?」
「そうだ!紫苑様の視線の先には常に君が居た!俺は君がずっと憎かった!その地位が!その居場所が!その関係が!その存在全てが!」
大声で叫び、肩で息をする夢見。
「ある日俺は紫苑様に具申したんだ。『葛葉』を捨てて一人の女の子として生きませんか、何不自由の無い生活を約束しますからとね…そうしたら何て言ったと思う?!」
夢見の声にビクリと反応する紫苑。羞恥からなのか、口から出た言葉はか細いものだった。
「…れ」
「紫苑様はなぁ!『それでは相志が居なくなってしまう。私から離れてしまう』と言ったのだ!」
「黙れ夢見いっ!」
紫苑の絶叫と同時に、夢見を極大の雷撃が貫いた。
氷の様な冷静さを失い、俯きながら肩で息をする紫苑。『雲竜陣』の使い過ぎで力を消耗しすぎたのだろう。立っているのもやっとの様子だ。
その様子を見て相志が駆け寄り、背を抱える。
「紫苑様!落ち着いてください。僕は何とも思っていませんから」
相志の腕に支えられながら、更にダメージを受ける紫苑。
そんな死に体の紫苑に向けられる笑い声。
「危なかったですよ…単純な写し身でも使いようですね」
指先で形代をヒラヒラさせて笑顔を見せる夢見。空を見て、雲を纏った独眼龍こんぺいが居ない事を確認して言った。
「さぁ、紫苑様は『雲龍陣』の使いすぎと赤裸々暴露で疲労困憊。この様子だとこんぺいも只の空飛ぶ金魚に成り下がって、どこかで気絶しているのだろうね――後はお前だけだよ、相志」
獲物らしきものを何も持たずに相志を挑発する夢見。
「紫苑様、暫しお待ち下さい…」
相志はそう言うと紫苑の背を支える手をそっと離し、夢見へと向き直った。
瞬間、20メートルはあろうかという夢見との距離を一気に詰め寄り、その喉元に『六方睨』を添えていた。その事に気付いた夢見の額にひと筋の汗が伝う。
「夢見…お前では僕に敵わない。手駒の『長髄彦』も滅した。紫苑様を愛するならば潔く…」
「しゃあぁっ!」
叫び声と共に夢見の掌から虹色の弾丸が相志の眉間へと飛んだ。
仰け反って回避できたがそれでも蝶は相志の額を掠めていた様で、方相氏の面が真っ二つに割れ落ち、額からつぅ、と一筋の血が流れ落ちる。
追撃の蝶が横薙ぎに迫る。それを仰け反った姿勢からとんぼを切って回避しつつ夢見と距離を取る相志。夢見は口許に歪んだ笑みを浮かべている。
直後、相志が腹を押さえ膝をついた。腹にあてた指の間からは鮮やかな赤が漏れている。
「真っ二つにするつもりが浅かったか。流石は方相氏!だがまだ甘い!!」
夢見が両腕をだらりと下げたまま、掌を上へと向けると、その掌から七色の奔流が吹き出した。
これは――蝶だ。夢見の掌から、七色の蝶が噴水のように吹き出し、夢見を取り囲むように低空を羽ばたいている。
「我が意こそ汝が意なり。我に従え――急々如律令」
夢見を取り囲んでいた蝶の大群がぼやけた様に見えた次の瞬間、そこには大勢の『長髄彦』が夢見を守るかのように構えていた。その数――およそ数百人は居るだろう。
「相志…お前『長髄彦』があれだけだと思っていたのか?俺は配下にした『長髄彦』全てを蝶へと変え、館で保管していたのだよ!」
夢見はそう言うと、
「紫苑様は私が頂く!死ね!相志!!」
そして邪な笑みを浮かべ、もはや夢見の忠実な傀儡と化した『長髄彦』の軍勢に指示を――出そうとしたその時。
「申し訳ありませんが――」
相志が太刀を道路に転がした。そして手を腹の傷に当てると一度肩を大きく上下させ――溜息。そして、
「紫苑様のお世話が忙しくて、僕、死んでいる暇など無いのですよ」
と面倒臭そうに言った。
「酷い言い様だな、相志。私は疲れているらしいのでさっさと終わらせるぞ」
フラフラと立ち上がる紫苑。その呼吸は荒く、額には汗が浮かんでいる。
「この期に及んでサボろうとしないで下さい。本気を出せば私よりお強いクセに」
相志も顔色が蒼い。傷は予想以上に深いのだろう。
「せっかく夢見がお膳立てをしてくれたのだ。披露せねば悪いだろう?」
静かに相志へと近付く紫苑。袖に歯を立てて引き裂くと、不器用ではあるが何重にも相志の腹部へ巻きはじめた。
「すまない…私にはこの位しかしてやれぬ」
相志にだけ届くような小声で囁く紫苑。
「そのお言葉だけで、今までお仕えしてきた甲斐があったというものです」
不器用だが必死に、できるだけ丁寧に相志の腹の傷へと布を巻く紫苑。
そして、黙ってそれを待つ相志。
「来世は家庭的な女を目指すから、許してくれ」
「それは嬉しい御言葉です」
やがて紫苑が立ち上がると、相志は静かに声を掛けた。
「――宜しいのですね」
紫苑は静かに頷いて答えた。
「済まぬな。共に冥府へと落ちてくれ」
「どこまでも一緒ですよ。紫苑様」
「ありがとう――相志」
相志が一歩前へ歩み出て、左袖を捲り上げて腕に貼られた札を露わにした。
紫苑がそれに向け、左手の指し指と中指で剣を作り構える。右手も同様に剣を作り、正眼に構える紫苑。
縦へ横へと線を引くこの動作は――九字だ。相志が腕に貼り付けた禍々しい色の護符に向けて九字を切る紫苑。
そして紫苑は鈴の様な美しい声を張り上げた。
「臨兵闘者皆陣列前行!我は此処なるぞ!祟りども!」
相志の腕に張り付いていた護符が縦横に切り刻まれ、腕から剥がれ落ちる。
それに呼応するように、小夜鳴市の夜空に大きな穴が開いた。
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