0人が本棚に入れています
本棚に追加
酷く冷え込んで、そろそろ雪が降るかもねなんて誰かが言いました。
雪が積もって、みんな遅れて来たような日でした。その頃にはもう金木犀の魔女なんて呼ぶ人はいませんでしたが、その魔女が隣に座りました。
知らない香りを纏った彼女が。
「隣、いいですか?」
「えっ、ええ…」
「ありがとう」
顔も声も確かに彼女なのに、金木犀の香りがしない。よく見れば、服の趣味も変わったように見えます。なんだか落ち着かない。
「そういえば、久しぶりだね」
「そうですね…あの、香水変えたんですか?」
「あ、うん…!彼氏がくれたバラの香水です」
彼氏。いつの間に。
「秋にバラを見に行った時に香りを気に入ったのを覚えていてくれて、この前誕生日だったんだけど、プレゼントにくれたの」
つい口が滑るくらいには幸せなのでしょう。声色と表情からもわかりました。幸せなのはいいことなのだけれど、彼女から金木犀の香りがしないのは寂しいと、知り合いにすらなれていないのに思ってしまう。
「あ、ごめんなさい…興味無いですよね、惚気なんて」
「いや、いいんじゃないですか?幸せそうで」
「ふふ、ありがとう」
そう笑う顔は前と変わらず可愛いのだけど、やっぱりこの香りは違うと感じました。
私に、そんな事を思う権利はありませんが。
それでも、今でも金木犀の香りがすると彼女を思い出します。もう名前も思い出せないのに、こんなにも心を捉えて離さない。彼氏が出来てから彼女のことを魔女と呼ぶ人はいなくなったけれど、私はやはり、彼女は『金木犀の魔女』だと思うのです。
最初のコメントを投稿しよう!