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金木犀の魔女
金木犀の香りがすると、思い出す人がいます。
彼女は、金木犀の魔女でした。
あれは大学に入ったばかりの頃、桜が舞い散る季節でした。遠くの大学へ進学した私は、内気な性格も合わさり友達がいませんでした。そんな時に訪れた出会いでした。
まだ人間関係が不安定で、定位置のようなものもなかったその時チャイムがなる直前に駆け込んできた彼女が私の隣に座ったのです。容姿を見るより先に、香ってきた金木犀の香りに心奪われました。
「慌ただしくてごめんなさい。隣、よかったかな?」
「う、うん…」
「ありがとう」
キンコンカンコン、タイミングの悪いチャイムが鳴った。
それから少し、窓の外に新緑の葉が見え始めた頃。今度は前よりは早く来た彼女が隣に座りました。また、金木犀の香りがしました。
「隣いいですか?」
「あっ、はい」
「ありがとう」
最初の時は香りと予鈴で気づかなかったけれど、顔も声も可愛らしい。目がぱっちりと大きくて、声は川のせせらぎのよう。穏やかな雰囲気の人です。
「あの…金木犀の香り、素敵ですね」
「ふふ、ありがとう。金木犀の香りが好きで…たまたま金木犀の香水を見つけて買っちゃったの」
「そうなんですね。いいですよね、金木犀…1度嗅いだら忘れられないというか」
ああ、またチャイムはタイミングが悪い。
それから、彼女が隣に来ることはなく夏になりましたが、彼女のことを忘れることはありませんでした。それと言うのも、彼女は良くも悪くも有名人だったからです。
良い方はもちろん可愛いこと。悪い方は男をたぶらかしているという噂。真偽の程は定かではありませんがあの容姿に素敵な香りです。彼女を好く者は多かったのでしょう。
いつしか彼女には、『金木犀の魔女』なんてあだ名がついていました。
本物の金木犀の香りがした。ふと、彼女を思い出しました。
私にも少しだけど友達が出来て、周りもそのような雰囲気で。どの講義も定位置が出来て彼女が隣に座ることがなくなりました。
それでも金木犀の香りで思い出しますし、彼女は相変わらず魔女なんて呼ばれていました。確かに、この香りだけで思い出してどうしてるだろうと思うのです。まるで、魔女の呪いのようです。
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