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「僕は悪くない」
天井の高い倉庫の中、無機質なベルトコンベアーの音が流れ続けている。
黙々とその流れを見つめ手を動かす男が一人いる。
頭がボーッとしている。右から左へ流れる床をジーッと眺めていると、まっ平らな物体が目の前に運ばれてくる。
ボクは無意識のうちにそれを組み立てる。そして、ホッチキスで強度を上げる。その物体の組み立てが終わると別の流れる床へ置く。ベルトコンベアーみたいなヤツで左に流れていき視界から消えると、再び右から目の前にやってくる物体に視線を移す。そう、ボクの仕事はダンボールを折り曲げて作り続ける仕事。
まったく脳は使わない。運ばれてくるダンボールを朝から晩まで結束し、ガムテープで繋げて作り続けるだけ。作業を覚えた体は、自分の意識とは別の次元から指示を得ているように勝手に動いてくれる。便利なものだ。
「おーい村田、休憩だぞー!」
遠くから班長の声が聞こえた。
(もうお昼かぁ…)
ボクはロッカールームに入り、朝作ったオニギリを詰め込んだ弁当箱を取り出した。いつものチェックの弁当袋を手に工場裏の川辺へ向かう。
遠くの方で僕と同じ作業着を着たグループが、工場から出て行く様子が見える。みんなでどこかへ食べに行くのだろう。牛丼か立ち食い蕎麦か、どうせ安い飯を食いに行くんだろう。
ここで勤めて三年間、誘われた事は一度もない。
誘われたところで話す事もない。
他人がいると落ち着いて飯も食えない。ただただ、迷惑なだけなんだ。
川は大きくもなければ小さくもない何も特徴もない川だ。川の向こう岸には淡い金色のすすきが生茂り、風で揺れて騒めいている。そろそろ肌寒い季節になる。
(もう冬も近いな……。暑いのも嫌だけど、寒いのも嫌だな……。)
弁当箱からおにぎりを一つ取り出しかじる。昆布入りのおにぎりだ。
(寒いのが嫌ってのも違うな…、もう人生自体が嫌だな)
ボクは仕事を終え、最寄りの駅の向ヶ丘遊園駅で下車し、帰路に就く
陽が低くなり、まだ18時なのにもう暗い。薄暗いバスターミナルを横目に寂れた路地へ入り、街頭で照らされた溝川の水面を眺めながら歩いていた。
「あっれ? 村田じゃねーか。久しぶりじゃん」
ニヤつきながら秋山が路地の暗がりから歩み寄ってきた。
「……」
「なんだよ、シカトかよ? いい身分だな、おい。ママは元気でちゅかぁ?」
秋山は中学高校のクラスメイトだ。凄惨なイジメの記憶が甦る。反射的に膝が震える。
(こいつと会うなんて、今日は運の悪い日なんだな…)
村田は何に答えることもなく通り過ぎようとしたその瞬間、右こめかみに激痛が走った。
「あがっ!」
秋山に殴られた村田は地べたに這いつくばった。
「村田はのくせに何大人ぶってスルーしてんだ? その顔がムカつくんだよ! じゃあな」
秋山は倒れた村田に振り返ることもなく、駅への路地に歩いて行った。
また戻って殴られるのを恐れた村田は、秋山の姿が見えなくなるまで立ち上がることはしなかった。
(はぁ…、僕は悪くない…。僕の顔が悪いんだ。ただそれだけのこと……。)
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