「コア7」

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「コア7」

 家に着き玄関の鍵を開ける。二階建ての一軒家だ。 一人で住むには大きすぎる。 両親は二人とも交通事故で他界している。 祖父が遺した家でローンはなく、村田は固定資産税を払うだけだった。  両親がいなくなったことで、働き始めることができた村田。 亡くしてから気づく両親の大切さ、どれだけ自分を守ってくれていたことか。安月給とはいえ今の姿を見せることができなかった重い後悔を村田は抱いていた。  冷え切った薄暗い玄関から台所へ入り、弁当箱を流しに置き、作業着のまま洗面所向かう。 (思ったほど腫れてない)  秋山に殴られた右側面は今でも痛むが、腫れてはいなかった。  作業着を脱ぎ、厚手のパジャマを着て米を研ぎ電子ジャーをセット。 (今日も鮭焼いて納豆でいいか。)  2階の自分の部屋から移動した居間のPCの電源を点ける。 (今日も一日長かった。やっと君に会えるね)   オンラインRPG「コード オブ アテナ ONLINE」のアイコンをクリックする。このRPGは、元々オフラインプレイの「コード オブ アテナ 6」の次の作品なので、通称C.O.A.7で「コアセブン」と呼ばれている大人気RPGシリーズだ。  僕の名前は〈リュウガ〉剣術に特化した戦士だ。  その大陸内ではちょっと名の知れた剣士だ。新たなボスが現れると、必ず勧誘される程だ。 (今日はレイナちゃんONしてるかなぁ)  レイナは半年ほど前から一緒に旅をしている女プレイヤー。  【スタート】をクリックする。  その時家の電話が鳴った。 「ん? 誰だろ」  村田は家の電話の受話器を手に取った。 ”おお。タイジ! やっと捕まったよー”  電話は大阪のたった一人の肉親、7歳上の兄貴だった。名前はタツヤ。  兄は既に家を出ており、子供二人の大阪のメーカーに勤めている。  最近3人目が最近生まれたらしい。 「どうしたの急に」 ”お前さ、いい加減携帯持てよー、結構格安だよ? 今はー” 「あんま必要ないし、お金もったいないから」 ”まあいいけどさ、来月の11月の15日、覚えてるよな? 今回は墓参り一緒に行こう。娘を見てもらいたいしさ” (そっか11/15は両親の命日だった。もう5年経つんだ…)  八王子霊園は車もなければ、免許もない村田にとっては、アクセス的になかなか足を運ぶことができていなかった。 「わかってるよ。行くなら僕も乗っけてってよ」 ”だから、そのつもりで電話したんだよ” 兄貴は笑っている。 「うん。空けとく」 ”いつだって開いてんだろ~、だから前の日14日行って、一泊するよ! で、朝から行こう! 要するに、掃除しとけってことだ。どうせ汚し放題だろ?」 兄貴は笑う。 「わかった。待ってるよ」 ”OK!っつーことで、また直前辺りで電話するよ。電話機の前で座して待つように!” 「わかったよ」  村田はそう言うと、電話は既に切れていた。 「……」 (どうして僕は兄のようになれなかったんだろう)毎日思うことだ。  村田は大好きな兄の事を想うと同時に、大きなコンプレックスを感じていた。同時に真似しようと何度もした。だけどそもそもの顔が違うんだ。  毎日兄貴の部屋からは友人たちの笑い声が聞こえ、毎日兄貴の部屋からは女の声が聞こえる。憎いと思ったことさえある。  …僕の小学校の時のあだ名は〈雑巾〉、そう。それだけの人間。そう思うことで何も感じなくなったし、人がどうであれ、この底辺がベストポジションなんだと思っていた。適材適所ってやつだ…。    コア7のいつものサーバにONをする。 〈リュウガ〉は豪華なインテリアに囲まれた”リュウガ家”のリビングにいる。 (うん。この家が一番落ち着く)  新着メッセージが1件、日付は昨日だった。 《From:リュウガさん、明日は仕事いそがしくて、onできないかも。縛られたくないとかウケるだけど!教えてもらったEメールに送ったから見てねv》 (今日、来ないのか) 《俺は縛られたくない主義なんで、携帯は持たないんだ。Eメールならあるよ》 村田はEメールアドレスを記載してメッセージしていたことを思い出した。 Eメールに送った? なんだろう!?  胸が高鳴る村田、即座にゲームを最小化し、Outlookを立ち上げる。 (どれだ?これか!) 送信日時 2020/10/27 (火) 1:18 dengerousyinlove1995@XXXX.com 件名:レイナだよ (昨日のゲームの後だな) メールを開くとJPGファイルが添付されていた。 ”恥ずかしいけど、見たいみたい言うから送ったよー  だから、リュウガさんも送ってね(*^^*)” 添付されたJPGファイルは長い黒髪でピースサインの可憐なレイナの画像だった。 「これがレイナちゃん!? 可愛すぎる…!」 (アドレスから察するに、25歳だろうか。)  村田は嬉しさを感じたとともに、大きな劣等感が波のように押し寄せてきた。 (こんな子相手に、自分の写真なんて送れない。そもそも撮っていない) その時コメが炊きあがるジャーの電子音が鳴り響いた。 (…とりあえず、飯食お。)  いつもと変わらない、納豆と焼いた鮭とインスタント味噌汁を食べ終え、 村田はしばらくレイナの画像を眺めていた。  そして、それを大切の保存し、コア7のいつもの狩場へ、レベ上げの旅に出た。
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