メリーの無法地帯

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【断崖絶壁】  河を挟んだ向かい合わせの断崖。その崖の一方をフィグとプラムは下っていた。  崖の側面にはいくつもの通路がある。  時間はかかるが、危険の少ない道をフィグは選択していった。  しかし、道があると言っても、普通に真っ直ぐ歩くには狭すぎる。  雨が降っていないのは幸運だが、吹く風は体を揺さぶるほどに強い。 「プラム」  名前だけ呼び、振り返ったフィグは直ぐに口を噤む。  足の踏み場に気を付けるよう、忠告しようとしたがやめた。  後ろを着いてくるプラムの表情は真剣そのもので、十分に崖の道を確認して進んでいた。 (今は声を掛けない方がいいか)  フィグは気を引き締め直し、進行方向を向いた。  その時だ。  一際強い風が、崖をつたうフィグとプラムの真横を猛スピードで通り過ぎた。  二人は余りの強風に両目を瞑り、飛ばされないよう全身に力を込める。  崖の壁を掴む手は痛みが走るほど冷たくなっていく。    突如二人の耳に、大きな亀裂の入る嫌な音が届いた。  それは足元からだった。  プラムの踵を支えていた土壁が、フィグが注意を向けるよりも先に崩れてしまった。  危険を察知した時にはもう遅く、バランスを失ったプラムの体はもう彼女にはどうにもできないほど傾いてしまっていた。 「プラム!」  必死に伸ばしたフィグの手も虚しく、プラムは谷底へと落ちていく。  慌てて手を差し伸べたフィグも足を踏み外し、その体は空中へと投げ出されてしまった。  脅威を感じさせる暴風が、真っ暗な谷底から吹き上がる。  その直後、フィグの全身に鈍い痛みと衝撃が走った。  痛みに呻きながらも周りを確認する。背後は相変わらず絶壁があるが、手を突いた地面は平らで、ひんやりと岩の感触がした。  フィグは運よく数メートル下に張り出た岩場へと落下したのだった。  だが、近くにプラムの姿はない。 「プラム?」    岩場に打ち付けられたフィグは、打撲した肩を押さえながら立ち上がり、断崖絶壁を見下ろした。  そして崩れるように膝を突き、目いっぱいに息を吸い込む。   「プラム! 返事をしてくれ!」  崖下は真っ暗。  引き込むかのような気流が、鳴いているように高い音を出している。 「プラム……」  プラムの返事はない。  フィグは力なくその場に座り込んだ。  相変わらず甲高く風は鳴り響いているが、強さは落ち着き始めている。 「探しに行かないと」  フィグはそう呟き、痛みの残る肩をぐるりと回した。  やはり表情は乏しいが、その声には僅かに意気込みが感じられる。 (何とか壁をつたって下まで降りるか……)  フィグは岩場の端まで移動し、ごつごつとした崖の出っ張りに手を掛けた。  次に右のつま先を引っ掛ける。   恐れのない無表情のまま、フィグは平らな岩場から垂直な断崖へとへばり付いた。  ゆっくり、慎重に、フィグは谷下へと降りていく  時折上昇してくる風に煽られそうになるものの、フィグは黙々と崖を下り続けた。 (底が全く見えてこない。プラムが落ちてからどれくらい経っただろうか)  その表情はあまり変動しないが、フィグの心には多大な不安が渦巻いている。  フィグは絶えず下を確認しながら下降する。  またも風が出てきた。  だが、今度の風は熱を帯びおり、不気味な雰囲気にフィグは顔を顰めた。  金属の匂いが漂ってくる。  その時、フィグの遥か足の下で、何かが羽ばたく音がした。  その音は地響きを伴い、段々と近付いてきた。 「まさか!」  フィグが思わずそう叫んだ時。  一際大きな羽ばたきの音が聞こえたかと思うと、くぐもった大きなうめき声がフィグの背後を下から上へと通り過ぎた。  フィグは振り返り、上を見上げる。  そこには一匹の黒い大きなドラゴンがいた。  その表面の見た目はまるで石炭であるが、翼が滑らかにしなるその瞬間には、金属の接触する小気味の良い音が響き、火花を散らしていた。  ぎょろりとした瞳はエメラルドの宝石のように輝いており、開かれた口からは銀色の鋭い牙が窺えた。 「機械竜だ……」  フィグはそう呟いた後、ハッと目を見張った。  向かい合う絶壁の間を豪快に浮遊する機械竜の爪先に、ぐったりとしたプラムが引っ掛かっていた。
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