11人が本棚に入れています
本棚に追加
【発光ワタゴケの群生地】
安定しない飛行を続ける機械竜の後ろ足。
その上に乗るプラムは、呆けた顔でフィグが消えていった木々の隙間を見つめた。
時が止まったかのように、一瞬、風の音も機械竜の翼の音も聞こえなくなる。
バランスが取れずに上下に揺れる機械竜。高度は最初に比べればかなり下がっているが、低いとは言えない。
この高さから地面に叩きつけられれば、無事では済まない。
「フィグ……」
フィグの心配をしたのも束の間。
気を抜いたプラムの体が、大きく揺らいだ機械竜の足から滑り落ちた。
フィグが目を覚ますと、そこは苔の群生地だった。
地面に手をつき、起き上がる。その感触は思いのほか弾力があった。
「助かった……のか?」
体のどこにも傷がついていないことを確認し、フィグは安堵の息を吐く。
だがすぐに、機械竜の後ろ足に残してきたプラムのことを思い出す。
「……方向、どっちだろう」
フィグは辺りを見回す。
大小さまざまな岩に囲まれた空間。
無数の大木が、岩の隙間からその幹を伸ばしている。
岩にも木の幹にも光る苔が繁茂している。見渡す限り苔だらけだ。
その苔の種類も様々。その場一帯は一見、緑一色だが、良く見ると水色やピンク、紫などの色も窺える。
フィグは立ち上がり、歩き出した。
「プラム、ちゃんと抜け出せたかな」
そう呟きながら、フィグは直感で道を選んでいく。
もう空は赤みがかっていた。
日が沈んでしまったら、プラムと再会するのは困難になる。加えて、日が昇る前にプラムを見つけ出せなければ、何の記憶も持たない彼女を、独り、果てのない自然の中に放置することとなる。
(そんな心細い思いを、プラムにさせるわけにはいかない)
フィグは歩くスピードを速めた。
柔らかい苔の地面は長く続き、踏みしめたその場からきらきらと金色の粉が舞い上がる。
傾いた太陽の光は、ぎゅうぎゅうに生え揃った背の高い木々に阻まれ、森の中まで届かない。
薄暗く、視界の悪い景色が続いた。
「機械獣に、痛覚なんて搭載してなかったはず。だが、明らかにあの機械竜は痛みを感じていた」
フィグは独り言を呟く。
「組み込まれた学習システムが、機械竜に繁殖機能を追加させた。本能までも忠実に再現しようとしているのか。同時に痛覚までも己に存在させたのか。危険を察知するに、痛みは不可欠なんだろうな」
無感情な表情のまま、フィグはまたも機械竜に感心して唸った。
フィグの小さな唸り声は、岩と苔だらけの風景に、解けるように広がった。
苔の地面から、淡い光を纏った奇妙な生物が数匹飛び立った。その姿は足の長い節足動物のようにも、何かの植物のようにも見えるが、元は微生物の一種だ。
彼らは森の極一部の領域に生息し、風に漂うように移動する。
金色の粉が舞う、薄暗い自然の中で、彼らの放つ光はより際立ち、幻想的な雰囲気を醸し出す。
「プラムに見せたかったな」
フィグは澄ました顔で目の前の光景を眺め、残念そうな声で呟いた。
しばらくして苔の群生地から抜けたフィグ。岩で囲まれた景色も終わり、何の変哲もない森が広がっている。
「綺麗だったな」
苔の空間を振り返り、フィグはそう呟いた。
その直後、どこからか水の跳ねる音が聞こえてきた。瓶のような入れ物で、水を汲むような音だ。
「……こっちかな」
フィグはその音を辿り、木々を掻き分けて進む。
すると、夕日の差し込む開けた場所が見えてきた。そこには小川が流れており、その水は底が見えるほどに澄んでいる。
「あ」
思わずフィグはそんな短い声を漏らした。
小川の上流で、人影が見えたのだ。
その人影は太陽を背に、じっとフィグのことを見つめていた。
最初のコメントを投稿しよう!