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【メリー】
逆光のせいで、その人影の表情はフィグには確認できない。
小柄なその人影は、つばの広いとんがり帽子を被っており、丸い形の水瓶を片脇に抱えている。
長い髪は毛先の近くで一つにまとめられている。
フィグとその人影は、しばらくの間身動きもせずにお互いを見つめ合っていた。
「もしかして、あなたがフィグさんなのですか?」
最初に口を開いたのは、とんがり帽子の人影の方だった。
柔らかい響きの声色をしている。女の子のようだ。
「うん。僕がフィグだよ」
躊躇うこともなく、フィグはそう返した。
「プラムさんは、私の町にいるのですよ」
とんがり帽子の人影は、そう言ってフィグに背を向け、沈みかけの太陽に向かって歩き出した。
フィグがついて来ることを、まるで知っているかのような仕草であった。
プラムの名前を口にしたその人影。フィグは迷うことなくその後を追った。
(無事……なんだろうか)
人影のすぐ後ろに追い付いたフィグは、ゆっくりと歩くその背中に合わせて歩を進めた。
薄桃色を基調としたシンプルな形のワンピースに身を包んでいる女の子。歳は十を超えたくらいに見え、その長い髪は鮮やかなピンク色をしている。
とんがり帽子の夜空模様の中で、流れ星が一つ光った。
「私のことは皆、メリーと呼んでいたのです」
女の子が唐突に言った。
「なら、僕もメリーと呼ぶよ」
メリーはにこりとフィグに微笑みを向けた。そしてそのまま進行方向に向き直り、落ち着いた雰囲気のまま歩き続ける。
「君が急いでいないってことは、プラムの無事を心配する必要はないって、考えてもいいのか?」
フィグはメリーの隣まで小走りで近づき、深刻な顔をして問う。
「その逆を心配しているのですね? 慌てていないということが、もう手遅れであることを意味しているかもしれないと」
メリーは前を向いたまま、淡々とそう言った。
フィグは何も言わずに、次の言葉を待つ。
ほんの数秒の間、川のせせらぎと草を踏みしめる音だけが、二人の間を取り持っていた。
「安心していいのですよ」
意地悪を言うような表情で、メリーがフィグにそう言った。
「そっか。良かった。思った通りで」
フィグは肩の力を抜き、困ったように微笑んだ。
夕日が沈んでいき、辺りは所々闇に包まれる。
メリーのとんがり帽子に描かれた夜空の星々が、より一層輝きを増す。
「それ、僕が持とうか?」
フィグはメリーが脇に抱える水瓶に視線を向け、そう言った。
メリーは少し驚いたように眉を上げた後、柔らかく微笑んで首を横に振った。
二人はしばらく沈黙する。
「プラムさんはとても、フィグさんのことを心配していましたよ」
メリーがそう話し出したのは、もう随分と歩き進めた後だった。見えてきたのは、枝垂れた樹木で出来たカーテン。
「泣いていた?」
フィグは冗談を言うような口調でメリーに聞いた。
メリーは思わずと言った様子で笑い出す。
「いいえ? フィグさんのことばかりを気にかけていましたが、悲観的な考えは持っていなかったのですよ。色々なことを言っていましたけどね」
「色々?」
「もしかしたらフィグさんは、地面に叩きつけられたショックで体中を骨折しているかもしれない。とか。頭を打って記憶をすっかり失くしてしまっているかもしれない。とか。変な生物に出くわして戦っているかもしれない。とか。色々なのです」
矢継ぎ早にメリーに話をするプラムの姿を想像し、フィグは小さく含み笑いをする。
「でも最後には、”まあでも大丈夫だと思うけどね”って、必ず言うのです」
メリーも控えめにころころと笑った。
枝垂れ樹木のカーテンをめくるメリー。その先には、小さな町が広がっていた。
川の上流の先には小さな細長い緑の山があった。その山はたった三メートルほどの標高しかなく、川はその頂点に繋がっている。
まるで噴火した火山から噴き出るマグマのように、澄んだ水が湧き出ていた。
「人間はいるの?」
その山を横切り、立ち並ぶ家々を見て、フィグはメリーに質問した。どの家もとても古びており、壁や屋根が崩れている。
所々に、細い笹の木が数本まとまって生えている。
「いないのです。私が、殺してしまったから」
メリーは答えた。
フィグは口をつぐんだ。
「フィグ!」
町の中を進んでいくと、奥の方からプラムの声が聞こえた。
片足を上げたプラムが、ぴょんぴょんと跳ねながらフィグに近づいてきた。
怪我をしているようだ。
だが、プラムの顔色は良好で、フィグに向けるその瞳はしっかりと輝きを放っている。
「プラム……」
フィグは心底安心した声で呟いて、プラムを抱き止めたのだった。
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