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隣の同僚はいつも会話をすぐに終わらせようとする。
僕は仕方なく作業に戻る。
大量に流れてくるブドウを一つ取り上げて、それを丁寧に箱に入れていかなくてはいけない。
「……タネって植物には必ずできるよね」
「さっきからうるさいぞ」
隣の同僚がこちらを向いた。
「気になるんだよ。どうやって作ったんだと思う?」
「…………」
同僚は目だけをキョロキョロと左右に動かし、近くに主任がいないことを確認すると小声で答えた。
「品種改良」
「ひんしゅかいりょう?」
「ブドウを育てていく過程で、段々タネができない種類がつくられたんだよ」
「どうやって?」
「そういう分野の、科学とか技術を使ってだろ」
「そうなんだ」
「分かったなら作業に戻れよ」
そう言って同僚はコンベアに向き直って作業を再開した。僕も仕事をしなくてはならない。
……でも、何故わざわざタネをなくしたんだろう。
「どうして『タネなしブドウ』なんて作るの?」
「…………」
「ねぇ、ねぇ」
「……またかよ。作業に集中しろ」
「気になるんだよ」
「気にならないようにしろ」
「…………」
「…………」
「ああ、やっぱり無理。気になっちゃう」
「……食べやすいようにするためだろ」
「食べやすいように?」
「タネがあると面倒だろ。食べる人間にとってタネはいらないもの。不必要なものはない方が都合がいいんだよ」
「タネはいらないものなの?」
「そうだよ」
「じゃあこのブドウにはタネの代わりに何が入っているの?」
「実に決まっているだろ」
「そうか。このブドウには実がぎっしり詰まっているのか」
「そう」
「タネがなくなって、実がぎっしり詰まった、皆に喜んでもらえるブドウってこと?」
「そう」
「僕たちの仕事は、その手助けをしているってこと?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ皆に喜んでもらえる仕事なんだ!」
「ああ…………えっ」
同僚の顔が何故か変わっている。
「その顔どうしたの?」
「……お前こそ」
「どういうこと?」
「お前、今、えが……」
「え?」
「……っ、なんでもない。早く作業に戻るぞ」
同僚は元の顔に戻り、作業を再開した。どうしたんだろうか。
不思議に思いながら、僕もコンベアに向き直った。
流れていくるブドウを手に取る。
大事なタネのかわりに、実がぎっしり詰まったブドウ。
皆に喜んでもらえるブドウ。
僕は──。
あれ? 僕には──。
「……僕にはいったい、何が詰まっているの?」
「いい加減にしろ! じゃないと──」
「おい」
低い声が背後から聞こえた。主任の声だ。
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