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第二章 歩き出す僕たちへ(前編)
僕は、葉月の気持ちを考えていたのだろうか。葉月の言う通り、兄らしさというものを勝手に見出して、一方的に思いを押し付けていただけなのではないだろうか。
ベンチに座りながら、自問自答し続ける。
今までずっと、思っていることを言葉にしてこなかった。それが兄として当たり前のことだったし、そのことに疑問を抱いたことはない。
だけど今日、初めてそれが間違っていたのではないかと思い始めている。自分の気持ちを伝えないと言うことは、相手の気持ちを聞こうとしない、というのと同じことなのではないだろうか。自分の気持ちを伝えて、相手の気持ちを伝えられて。人と人とは、そうやってわかりあっていくものなのではないだろうか。たとえそれが兄妹であったとしても。
……僕は、兄失格だ。妹の気持ちを何一つ考えてやれてなかった。いや、こうやって兄らしさを語っている時点で、葉月に愛想を尽かされるのは当然かもしれない。
僕は本当に——、
「いつまでウダウダやってんの!」
突然、中原さんに思いっきり肩を叩かれた。
あまりにも衝撃的すぎて、そこまで強く叩かれたわけでもないのにベンチから転げ落ちてしまった。
「葉月ちゃんおっかけなきゃ!」
「いや、僕が行っても……」
「でも、稲村くんはお兄ちゃんでしょ!?」
「いや、僕は兄失格だから……」
「葉月ちゃんのためにここまで来たんでしょ!?」
「いや、僕は葉月の気持ちなんて全然……」
「イヤイヤイヤイヤうるさーい!」
「!?」
突然叫ぶ中原さんに、僕も浩太も面食らってしまう。
直後、中原さんは物凄い形相で僕の肩を掴んできた。
「いい? あれは追いかけて欲しいの! だから来た道を戻って行ったの!」
「そ、そう、なの?」
「そう! 本当に追いかけてきて欲しくなかったら、もっとちゃんと入り組んだ方に行って、確実に逃げるから!」
「なるほど確かに」
浩太うるさい。
「葉月ちゃんも戸惑ってるんだよ。いろんなことが急に決まって、いろんな気持ちが急に出てきて。だから、稲村くんがそばにいてあげなきゃ。お兄ちゃんとして、妹さんのことギュってしてあげなきゃ」
「いや、ギュッはさすがに……」
「いや?」
「あ……いえ、その……はい。精一杯、ギュッ、させていただきます」
「よろしい。では行った!」
「はい……」
「はいは元気よく!」
「は、はい!」
ビシッとした姿勢で振り返り、全速力で走り出す。
別に、そこまできっちりかっちりする必要もないのだけれど、中原さんの迫力に圧倒されてそうなってしまった。
ただ、言い方はともかく中原さんには感謝しなければならない。
僕はずっと言い訳をしていた。全部自分のせいにして、何もしない言い訳を作っていたんだ。けど、中原さんが背中を押して……いや、お尻を蹴っ飛ばしてくれた。だから、葉月を追いかける理由ができた。それだけで、足を進めるには十分だ。
葉月が行ってしまってから、十数分とはいえ時間が経ってしまった。
葉月は、もう新幹線に乗ってしまっただろうか。連絡を取ろうにも、バッテリーが切れてしまっていては意味がない。
となれば、自分の足で探すしかない。新幹線に乗っていれば追いつけないし、そもそも確実に新幹線に乗ったとも言い切れない。
それでも僕は、妹を探し出す。それってなんだか、とっても兄っぽくて……ちょっぴり誇らしくて、ちょっぴり恥ずかしかった。
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