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時は進んだ。科学が発達し、宗教は衰退した。
神の使命。そんなものがあったことなど、現代の人間は知らない。
「はぁ……」
一人の女が美術館でため息をついた。
日々に疲れ、飛び込んだ美術館。それなりのチケット代を払ったが、彼女のお気に召すものはなかった。
古くの宗教画。描写力が高いことはわかる。だが、聖書もろくに読んだことのない彼女には何も響かなかった。
彼女は足早にカンバスからカンバスへと移る。あっという間に最後の部屋にたどり着いてしまった。だが、そこで彼女は足を止まった。
一枚の油絵があった。そこには描かれるのはとある夫婦。年齢は三十台といったところか。美しい婦人に優し気な男。温かな光が差し込む部屋。二人はティーカップを片手に穏やかに団らんしている。
彼女は息をするのも忘れ、その絵に見入った。
ただ単に上手いから惹かれたわけではない。その絵はどこまでも幸せなのだ。目に映すことはできないはずの幸せ。だが、その絵はその理を超えたところにあった。まさに幸せの具現だった。
「気に入ってくれましたか?」
後ろから聞こえた声に振り返る。そこにはスーツを着た美しい青年が立っていた。
「俺もこの絵がとてもお気に入りなんです」
そういって青年は柔らかな瞳で絵を見た。彼女もつられて絵に目を向ける。
思わず口元を覆った。
絵の中の夫婦がふっと顔を上げ、こちらに向かって頭を下げたのだ。
唖然とした。青年はくすくすと笑う。
「律儀な人だ」
「お兄様」
透き通った少女の声が聞こえる。青年は振り返ると軽く会釈し、その場を去った。
彼女はその背を見送り、もう一度絵に目を向ける。そこにあったのは、ただただ幸せな夫婦の絵だった。
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