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 十八歳の冬、受験も終わり、なんとか滑り止めのFラン大学に合格した高校最後の冬。  友だちから急にライブに誘われ、アイドルになると決めたあの冬……  それから早くも八年が経っていた。  現在二十六歳、売れない地下アイドルを未だに続けている。  あれから何年も経った今でも思い出すあの日、太陽を見た日……  今まで夢らしい夢を持ったことがなかった私にとっては、アイドルを目指すという一大決心はきっと色々な人に反対されるだろうと思っていた。  だけど── 「え、じゃあ一緒にユニット組む?」  比奈は驚くでも反対するでもなく、一緒にやろうと誘ってきた。  ライブが終わった後に比奈に引っ張られるようにして行ったファミレスで、地下アイドルについて色々と話を聞かせてもらった。 「いつからライブやる?」 「え?」  メジャーじゃないといえど、アイドルをやるからにはまず事務所に入るものだと思っていた私は、いきなり訊かれたこの一言に驚かされた。 「そういう事務所に入ってやる人も多いけど、個人でアイドルやってる人も多いよ。私もフリーでやってるだけだし! あ、フリーでやってるってなんかプロっぽい!」  そのまま説明されていく内容に何度常識を(くつがえ)されたことか……  地下アイドルになるために必要なことは、特に何もなかった。  極論言えば『私今日からアイドルやります!』と宣言すればそれで地下アイドルの完成らしい。  ライブに出るのもオーディションすら必要ないイベントが多く、歌や踊りの実力も確認されずに出演できるものが大半なんだとか。  曲にしたってオリジナルの楽曲を用意できずに、適当なアニソンやアイドル曲を歌う人も多い。実際に比奈はこの日のライブで、ちょっと前に流行ったらしいアニソンを三曲歌っただけだった。 「あと収入だけど、大体お客さん一人引っ張ってこれたら五百円ぐらいが相場だよ」 「え、五百円!? だってわたし、入場料三千円も払ったよ!!」 「あははは! 私も初めて聞いた時おんなじ反応しちゃったよ!」  地下アイドルのライブでは、会場で受付けをする時に誰を観にきたのか聞かれる。そこで目的のアイドルの名前を告げるとチケット代がそのアイドルに払われるという仕組みだ。  ただ、まさかそんなに少ないとは思わなかったけど…… 「え、電車賃ぐらいにしかならないじゃん!」 「そだよ! 一人しかお客さん呼べなかったのに、今ファミレスでご飯食べてる今日みたいな日は完璧に赤字なんだよね~」  なんと世知辛い世界なんだ地下アイドル…… 「まあ、それだけじゃあ誰も食えないから、物販で稼ぐってわけ。主にチェキね!」 「チェキ?」  チェキってなんだろう? とりあえずピースサインを作って比奈に向けてみる。 「それはチョキだってば! これだよこれ」  そう言って一枚の小さな写真を取り出した。 「なんていったっけ? ポラロイド? インスタントカメラ? とにかくそれのちっちゃいやつがチェキ」  比奈のファンなのだろうか、どこにでもいそうなおじさんと二人でピースしながら写ってる写真を眺める。  まるで恋人同士みたいな距離で、だ。 「これが大体五百円から千円で売れるんだ」  さっき聞いたチケット代が衝撃的すぎて、これでも高く感じてしまう。  アイドルという華々しいイメージからかけ離れた、なんとも小市民な金額で驚くばかりだった。  とてもじゃないけど、稼げるような職じゃないらしい。  でも、それだけみんな好きだから続けているんだろう……  そんな厳しい世界で自分がやっていけるか、尻込みしてしまう。 「どうする? やっぱりやめる?」  心配そうに見つめる比奈。  どうしよう……でも、これは私が初めて見つけた自分の夢、自分が望んだ目標だ! 「やる。私、比奈と一緒にやるよ!」  その言葉を聞いて彼女は、アイドルらしく眩しい笑顔で私に向かって手を差し出した。 「ようこそ、地下アイドルの世界へ!」  私はその手を力強く取り、二人でスポットライトを浴びながらたくさんの歓声に包まれる様を思い浮かべた。  二人ならやれる。  根拠もないのに心から信じられた。  比奈とのユニットは半年も持たなかったけど……
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