塵界

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 私の妻は、掃除が大の苦手だ。埃を被って白っぽくなった階段を見ても、キッチンが油や調味料で汚れていても、なかなかやる気が起きないのだとよく言っている。  近所の人たちは皆しっかり掃除をしているらしいのだが、我が家は玄関に人を迎えることすら躊躇うほど埃が溜まってしまっている。  ならば私が掃除をすればいい、と誰もが思うだろう。実際、私も常日頃からそう思ってはいるのだが、情けないことに私自身も昔から掃除が苦手なのだ。  夫婦揃ってこの有様では、家を清潔に保つなど出来るはずもない。おかげで我が家は、少し探せば容易に埃の塊を見つけられる程には汚れてしまっていた。  私も妻も、お互いにこれはまずいと話してはいたのだが、いつか一緒に掃除をしようと決めるまでは至ってもそれより先に進むことは出来ずにいた。  ところが、二日ほど前から妻の様子が一変した。  仕事から帰った私を出迎えたのは、艶々とした塵一つないフローリングだった。靴箱の上に積もっていた埃はおろか、壁と棚の隙間といったよく見なければ分からないところまでぴかぴかに掃除を施されていたのだ。  「おかえりなさい」と微笑む妻の顔は、いつもと何も変わらなかった。違うところがあるすれば、押入れの奥にしまい込んでいたはずの箒とちりとりを手にしていたことくらいだろう。  「すごいな……」  予想もしていなかった出来事への戸惑いからか、私は思うように妻を労うことができなかった。床に埃が落ちていても、「いつか掃除しなきゃ……」と言うだけだった妻が、一日でここまで綺麗にできるとは思いもしなかった。  どういう経緯でやる気になったのかは分からないが、こうなれば私も掃除をしないわけにはいかない。私は翌日から、長い間放置していた自室の大掃除を始めることにした。
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