塵界

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 いつもなら休日はだらだらと寝てしまいがちなのだが、この日はいつもと同じ時間に起床したため、妻とともに朝食を食べることができた。  「あら、これ……」  白い湯気の漂う味噌汁を啜っていると、妻が脇に置かれたテレビを指差した。毎日のように観ている朝のニュース番組なのだが、映し出されているのは比較的見慣れた町並みと、その上空だ。  「珍しいのは分かるけど、ちょっと騒ぎすぎなんじゃないか?」  私は味噌汁の椀を置いて小さく溜息をつく。番組が取り上げているのは、三日ほど前にこの辺りを騒がせたある事件のことだった。  単刀直入に言うと、隕石が落ちてきたのだ。  ごく平凡な人生を送ってきた私にとって、こんなにも身近に隕石が降ってくるのは明らかに大事件だった。だが幸い怪我人はおらず、何軒かの家で窓ガラスが吹き飛んだだけで済んだという。これを不幸中の幸いと言っていいのかはわからないが、少なくとも三日経った今でも取り上げるべき内容とは思えなかった。  「でも、びっくりしたわよね。凄い音だったもの」  どこかの誰かがスマホで撮影したらしい、縦長の映像を眺めながら妻が言った。厚みのある白い雲を散りばめた空を、オレンジ色の火の玉が斜め下方向に横切っている。「何あれ」「え、ヤバくね?」などという実に若者らしい男女の声からして、撮影者はカップルか何かなのだろうか。  「そうだな……うん、ごちそうさま」  私は茶碗に残っていた僅かな米を口に運び終えると、両手を合わせてから立ち上がった。食器を重ねてシンクに運び終え、少し考えてからスポンジを手にとって洗剤を染み込ませる。  「あら、そこまでしなくても」  「いいんだよ。俺も気合入れたいからさ」  そう言って、私は愛用している漆塗り風の椀を洗い始めた。その間にも、妻の目はテレビへと釘付けになっていた。
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