熱と氷点下

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熱と氷点下

 好きになる人間は、俺を好いてくれる人間の中から選ぶ。  そういう、ポリシーだった筈なのだが。 「あーあ……」  好きになった人間が、俺を好いているか分からない……いや、好いていないであろう場合はどうしたらいいのだろうか。  昼休みも終盤に差しかかった長閑な午後。唇に挟んだ煙草からは白い煙が空に高く上っていく。  今日は、風見は来ないのだろうか。  繁華街で他校の奴らに絡まれている所を助けられて以来、タイミングが悪いのか風見と顔を合わせることがない。屋上にいれば風見が煙草を吸いに来るかと思っていたのだが、どうも上手く会うことが出来ない。 「別に、会いたい訳じゃねーけど……」  屋上の固い床に寝転がりながら、空に向かって否定の言葉を吐いてみる。  会いたい訳じゃない。会いたい訳じゃないのだが、会って確かめたいことはあった。  あの日、俺を助けた風見に高鳴ったこの胸にわだかまる気持ちの正体は何なのか。風見の顔を思い浮かべる度に胸が苦しくなるのは何故なのか。  その答えは、風見の顔を見れば分かるような気がしたから。だから俺は、風見に会わないといけない。  間の抜けたチャイムが昼休みの終了と五限の始まりを告げる。  俺は一つ大袈裟な溜め息を吐いて、重い腰を上げる。こうなれば、最終手段だ。 **** 「おーし授業始めるぞー」  良く通る声と共に風見が教室に入ってくる。  窓際の一番後ろの席は、席替えの時話し合い(と言う名の脅し)でもぎ取った特等席だ。俺は机に頬杖をついて、ちらと横目で風見を見やる。  薄いブルーのストライプが入ったワイシャツにいつもの白衣。明るい茶色の髪は無造作にセットされて、前髪がタレ目にかかる。きょろりと大きな目がこっちを向い、て。 「おー!?一条!!」 「ッ……るせぇ」  教壇から俺の席まで、大した距離は無いのに馬鹿でかい声で俺を呼ぶ。ぶんぶんと大袈裟に手まで振られて、周りの目が一斉に俺を見た。 「なんだ、授業に出る気になったのかー?感心感心!今日は一条が飽きないような授業をやるぞー」  にこにこ、至極嬉しそうに笑う風見。うるせぇよ、と小さく呟いた俺の声は届いていないだろう。  嗚呼、頬杖で誤魔化した頰が熱い。俺が飽きない授業を、なんて、俺の為に。抱えていた疑問の答えなんて、一瞬で出てしまった。完敗だ。  ぐるぐると熱を上げる頭を抱えた俺を取り残して、風見は授業を始める。  風見の授業は、時折くだらない小話なんかも交えながらの授業で、確かに生徒を飽きさせない工夫がされていた。何より、風見の表情がくるくる変わるから、飽きないで見ていられる。  他の奴らは、こんな風見をいつも見ていたのか。それはなんだかとても、ずるいな。  教科書や黒板なんかには目もくれず、風見を見続けた50分。あっという間に授業終了のチャイムが鳴る。 「じゃあ続きは次の授業で!板書消し頼むぞー」  ばたばたと周りの生徒たちは教科書やノートを片付け始める。そんな中、数人の女子生徒たちが素早く立ち上がったのが視界に入った。 「ねーねーかざみん、ここ分かんないんだけどぉ」  女子たちは教壇から離れようとした風見を一瞬で取り囲むと、甘えた声で風見を呼んだ。かざみん、なんてふざけたあだ名までつけて。 「おー?ああ、そこは次の授業でもうちょっと丁寧にやるから大丈夫だぞー」 「そうなの?りょうかーい」  授業後まで教師に質問なんて、見上げた奴らもいるものだ。そう感心しかけた、その次の瞬間。 「ねぇかざみん、今度あたしらと遊ぼうよー」  その言葉に、俺の肌に嫌な感覚が這った。寒気のような、苛立ちのような、その感覚。  風見は女子のその言葉にふにゃりと困ったように眉尻を下げる。この間俺と蓮の頭を思い切り叩いた出席簿で、ごく軽く、女子の頭に触れさせる。 「あのなー、先生は生徒とそういうこと出来ないの。分かる?」 「分かんなーい、かざみんと遊びたーい」 「はいはい、お前らが卒業したらなー」  風見は女子の輪を何とか抜け出すと、ひらひらと片手を振りながら教室を去っていく。残された生徒たちは、「またかざみん捕まえるの失敗したー」「かざみんイケメンだし若いし、いいよねぇ」なんてきゃあきゃあと騒いでいる。  そうか、風見は女子に人気なのか。そりゃあ、良く見れば甘やかな整った顔立ちをしているし、あれだけ親しげな様子だと慕う者も多いだろう。それに、風見も女子には優しい。  俺が風見を好きになっても、風見は男の俺を好きにはならない。  至極当たり前の事に、熱が冷やされていく。  俺を探しに来た蓮の賑やかな声が、遠く俺を呼んでいた。
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